『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 20 訳8上1643年09月-1644年06月 p.6

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程停泊した後再び出帆、風と天気は昨日と同じで、〔その天気と順風は〕夕刻、上ノ関から十三, れが必要だったので)我々を曳航するために付けられ、真夜中に出発した。, 〓夜中には、良い潮流と風を得て再び出発し、, 八艘の船に曳航された。しかし、二時間程たつとかなりの西北西の風を得、概ね東乃至東北東, 同月十五日好天、西の風。多くの島々と湾曲に沿ってコースを採り、昼頃(由宇から二十, へ進路を採り、午後三時頃には(備後ノ鞆から十三マイルにある)日比の前面に投錨した。真, 同様西からの強い風が吹き、再び錨を揚げて、帆を半分位あげ、北東に針路を採った。, たので(我々のボンゴイすなわち案内者が前述の書付の効力でそれを要求して)同地の領主の, 同月十七日概ね東乃至東北東に進路を採り、日の出の二時間後、明石城を通る。そこに我々, マイルの由宇の湾に投錨するまで続いた。日没後、良い潮流と風を得て旅程を進め、一晩中帆, 同月十六日正午に室津に入港、良い潮流と風を待ったが、同地の領主の六艘の漕舟が(そ, 三日本マイルの)備後ノ鞆に投錨、(二時間の休憩の後)再び同地を発ったが、北の逆風だっ, 走した。, 同月十四日朝の二時頃上ノ関の湾に投錨、前夜は日本の里程で十七マイル進んだ。三時間, 〓流に乗って向島の湾に入って投錨した(同地は下関から十八日本マイルである)。真夜中に前日, 日比, 上ノ関, 室津, 明石城, 向島, 由午, 備後ノ鞆, 六四三年十一月船中にて, 五

頭注

  • 日比
  • 上ノ関
  • 室津
  • 明石城
  • 向島
  • 由午
  • 備後ノ鞆

  • 六四三年十一月船中にて

ノンブル

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  • 1497,574,60,2291程停泊した後再び出帆、風と天気は昨日と同じで、〔その天気と順風は〕夕刻、上ノ関から十三
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