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輔は任はてゝのぼられけるまたの年などや身まかられけむ、, とりて、元輔、いかばかりおもふらむとかおもふらん老てわかるゝとほき, ひ、今はわが身はなどいへる詞、いたく老にきはまりたるさまとは見えざ, に、肥後守にて清原元輔くだり侍けるに、源滿仲せむし侍けるに、かはらけ, る也、されば元輔よりはなほわかくて、應和、康保のころをさかりにへて、長, 後守にて下りしは、七十九の時也けり、これ上に引る文に、今はわれも人も, 老たり、又つくしのかたにくべきにあらずといへるにもかなひ、拾遺集別, 二年正月、任肥後守、永祚二年六月卒、年八十三, 檜垣女はなほのちまでながらへて、後の國守のとは, 寛和, 保、寛弘のころ老にきはまりたりと見えたり、そも〳〵元輔よりとしわか, わかれをとあるにもかなへるなり、, とあり、永祚二年八十三にて卒せば、寛和二年肥, しといふ故は、歌仙傳清原元輔傳に、天暦五年正月、任河内權少掾、, かくて元, て、寛和二年より五年, も永祚二年六月とあれば, にあたれゝばなり、, 檜垣女なるべければ、こゝの文のさま, 歌仙傳のごとくなるべし, 大日本史寛和二年卒、年八十, 三とあるハ寫誤か、拾芥抄に, 正暦改元に, 永祚二年は, るごとく、六七十歳の人にしては、艷書おくれるにかなはず、又國守の任限, われも人も老にたりといヘる、此人は, は四年なれば、のぼりしをりまで、いくばくもへざるなり、されば, にてハ、元輔と年のほど、さのみもかはらざるがごとくなれど、上にもいへ, 檜垣女は元輔よりは、なほいとわかゝりけんとおもはるゝなり、カ, ○中, 略, 和〓〓〓, 代ノ八ナ, 檜垣ハ〓, リトノ説, 檜垣ノ年, 元輔ノ肥, 後守ニ任, 齡ハ元へ, ゼラレタ, トノ説, 檜垣ノ歿, ヨリ若シ, ル年月, 年, 天慶四年五月二十日, 八八九
割注
- て、寛和二年より五年
- も永祚二年六月とあれば
- にあたれゝばなり、
- 檜垣女なるべければ、こゝの文のさま
- 歌仙傳のごとくなるべし
- 大日本史寛和二年卒、年八十
- 三とあるハ寫誤か、拾芥抄に
- 正暦改元に
- 永祚二年は
- るごとく、六七十歳の人にしては、艷書おくれるにかなはず、又國守の任限
- われも人も老にたりといヘる、此人は
- は四年なれば、のぼりしをりまで、いくばくもへざるなり、されば
- にてハ、元輔と年のほど、さのみもかはらざるがごとくなれど、上にもいへ
- 檜垣女は元輔よりは、なほいとわかゝりけんとおもはるゝなり、カ
- ○中
- 略
頭注
- 和〓〓〓
- 代ノ八ナ
- 檜垣ハ〓
- リトノ説
- 檜垣ノ年
- 元輔ノ肥
- 後守ニ任
- 齡ハ元へ
- ゼラレタ
- トノ説
- 檜垣ノ歿
- ヨリ若シ
- ル年月
- 年
柱
- 天慶四年五月二十日
ノンブル
- 八八九
注記 (47)
- 397,657,58,1859輔は任はてゝのぼられけるまたの年などや身まかられけむ、
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