『大日本史料』 1編 10 天暦 7年 8月~応和元年11月 p.767

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ノ條ニ、橘樹ヲ植ウルコト、同二年三月五日ノ條ニ見ユ、, 内侍所をみたてまつらせたまうに、わたらせ給はす, 冷泉院ニ遷御ノコト、同月四日ノ條ニ、内裏燒亡ヲ山科、柏原、後山科ノ, 水等六社ニ奉幣シテ、内裏燒亡ヲ告ゲラルヽコト、十一月一日ノ條ニ、, 二月五日ノ條ニ、仁壽殿觀音像ヲ開眼供養スルコト、應和二年六月十, 當ヲ補スルコト、本月二十八日ノ條ニ、源重光等ノ内裏防火ノ功ヲ賞, スルコト、十月十八日ノ條ニ、恩詔ノコト、同月十九日ノ條ニ、伊勢、石清, 三陵ニ告ゲラルヽコト、同月二十三日ノ條ニ、内裏木作始ノコト、同月, 參あはすして、賢所をもいたしたてまつらす、少野宮殿いそきまいり賜て、, 八日ノ條ニ、紫宸殿ノ前庭ニ櫻樹ヲ植ウルコト、康保元年十一月是月, 二十八日ノ條ニ、内裏燒亡ニ依リ、七道諸國ノ諸社ニ奉幣スルコト、十, 温明殿もほとちかゝりけるうへ、如法夜中の事なりしかは、内侍も女官も, 勅シテ、神鏡及ビ太刀契等ヲ灰燼中ニ索メシム、尋デ、之ヲ, ○修理職、木工寮及ビ諸國ニ課シテ、内裏ヲ造營セシメ、又造内裏所別, 二十四日, トニカヽル、本月二, ○下略、神鏡等ヲ灰燼, 中ニ索メテ獻ズルコ, 十四日ノ條ニ收ム, 酉一, 辛, 天徳四年九月二十四日, 七六七

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  • トニカヽル、本月二
  • ○下略、神鏡等ヲ灰燼
  • 中ニ索メテ獻ズルコ
  • 十四日ノ條ニ收ム
  • 酉一

  • 天徳四年九月二十四日

ノンブル

  • 七六七

注記 (23)

  • 396,820,66,1637ノ條ニ、橘樹ヲ植ウルコト、同二年三月五日ノ條ニ見ユ、
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