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年首ノ拜賀ニ、先當社ヲ拜シテ、後本社ニ詣ルヲ例トス, なり、然るに薩州の大守、小石塔を見苦しと思ひぬふにや、安永年間に、八九, 一移ス、源頼朝ノ靈ヲ祀レル者ニシテ、頼家ノ勸請ト云フ、, 倉に墓あり、予十七歳の時、參詣さしに、長三尺許の苔むししる五輪の石塔, 北十六間六寸、面積百四十三坪、本村東ノ方ニアリ、即頼朝ノ持佛堂タリシ, 法華堂ノ跡ナリ、往時ハ鶴岡八幡社ノ境内ニアリシヲ、明治五年中、今ノ地, 尺の五輪の塔に建替られたり、薩州先祖の墓も、東の方二三十間奧に有け, り、同時に建直しぬふ、日本總追補使頼朝の墓の小石塔を、そのまゝに置給, ナリト云フ、元旦ニ、奠供アリ、正月十三日、神事ヲ行フ、, ふ時は、古しへ質素の證迹にして、諸人の教訓にもなるべきに、建替ぬふは、, 頼朝五十三歳、正治元年未正月十三日薨逝せらる、鎌, 白旗明神社、雜社、々地東西八間五尺八寸、南, 餘り心な發事ともいふへし、, 郡村誌, 鎌倉管領, 社ノ西ニアリ、頼朝ヲ祀ル、木像アリ、左右ニ、住吉聖天ヲ合祀ス、頼家ノ造建, 新編相模國風土記稿〕, 〔塵塚談〕〓の〓朝, 白旗明神社、本, 相模國鎌倉郡四, 神樂三十六, 七十三鎌倉郡五山之内庄, 座ヲ興行ス, 鶴岡四鶴岡八幡宮四上宮, 雪之下村, 略ス, ○注文, 鶴岡四鶴〓八幡宮〓曰割白旗明神社、本, 安永年間, 五輪石塔, 白旗明神, 之ヲ建ツ, 社, 墓, 正治元年正月十一日, 二六
割注
- 相模國鎌倉郡四
- 神樂三十六
- 七十三鎌倉郡五山之内庄
- 座ヲ興行ス
- 鶴岡四鶴岡八幡宮四上宮
- 雪之下村
- 略ス
- ○注文
- 鶴岡四鶴〓八幡宮〓曰割白旗明神社、本
頭注
- 安永年間
- 五輪石塔
- 白旗明神
- 之ヲ建ツ
- 社
- 墓
柱
- 正治元年正月十一日
ノンブル
- 二六
注記 (36)
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