『大日本史料』 6編 6 暦応3年正月~暦応4年12月 p.1050

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ちして、將軍家公方の大小の御公事らをつとむへし、爰女子とも并まこの, あとをゆつるうゑは、ちとうとしてりやうちすへし、おのこ女子ともにゆ, らす、かやうのときはさしもん二郎かふんは、あい〓へ御見ニりやうちせ, つるところを、いさゝかもわつらいをなすへからす、嫡子なれはとておや, さすへきなり、橘内かの女房をりへつする事あらは、みらいりやうしゆた, いあらは、橘内かのところを嫡孫としてちきやうすへし、しかるに橘内と, うすへからす、ふとうのこたるへき也、公通もしふてうのふしきのふるま, 右のちとう職は、幸蓮か重代さうてんの所領也、しかるに公通は嫡子たる, けなくなさけなくわつらいをいたさむにおいては、幸蓮のあとをちきや, おのこにめん〳〵にわけゆつりむふものなり、しふへの女房字ひこ一女, さしもん二郎はまこなからむこになすうゑは、かの女子をりへ〓すへ, 肥前國長島庄花島村地頭職事, るへからす、かやうにはのらいおくも、たゝ女子ともを不便におもふゆへ, によりてゆつりたふところなり、〓うりやうとして幸蓮のあとをりやう, には、すてにゆつりについてあんとを申あたへおはんぬ、ちやくしとして, ヲ讓ル, 村地頭職, 南朝興國二年北朝暦應四年雜載, 一〇五〇

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  • ヲ讓ル
  • 村地頭職

  • 南朝興國二年北朝暦應四年雜載

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  • 一〇五〇

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