『大日本史料』 6編 28 貞治6年5月~貞治6年12月 p.863

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のためにしやうくたんのことし、, 成兩名内爲替地、限永代、奉寄附彼道場之處也、仍爲後證寄進之状如件、, 合六十貫文者、, り、もししゝそん〳〵のなかに、このところにいらんわつらいお申さん物, 奉寄進竹野興長寺敷地并田畠等事, るを、ゑいたいおかおりて、ちやうとくしにきしんしたてまつるところな, は、ふけふの人として、なかくせんしんかあとをもつへからす、よつてこ日, みきくたんの田地は、せんしんかちうたいさうてんの不りやうなり、しか, 右件寺領者、先度以彌吉名内六十貫下地雖計申、殊依有子細代所、以長富、月, 貞治六年三月日沙彌道全(花押〕, ちやうち六年三月十四日せんしん(花押), 合壹ちやう者, 〔大徳寺文書, 〔興長寺文書〕〓, 貞治六年三月日, ○コヽニ裏花押〓アリ、, 沙彌道全(花押), 下地長富、月戊兩, 名、坪付別紙在之、, 一所とうない四郎かミやう、, 在所一所とうない次郎かミやう、, ○山城, 二十三, 月成兩名, 道全長富, 内ノ田畠, ヲ但馬興, 長寺ニ寄, 南朝正平二十二年北朝貞治六年雜載, 八六三

割注

  • 下地長富、月戊兩
  • 名、坪付別紙在之、
  • 一所とうない四郎かミやう、
  • 在所一所とうない次郎かミやう、
  • ○山城
  • 二十三

頭注

  • 月成兩名
  • 道全長富
  • 内ノ田畠
  • ヲ但馬興
  • 長寺ニ寄

  • 南朝正平二十二年北朝貞治六年雜載

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  • 八六三

注記 (30)

  • 1311,621,58,993のためにしやうくたんのことし、
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