『大日本史料』 6編 34 応安4年閏3月~応安4年12月 p.275

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

えたり、, おほのうらをこれかとゝへは山なしのかたえのもみち色に出つゝ, ゆかしとみをこすめり、, とにかくにしらぬ命をおもふかなわか身いそちにおふの中山, むかしたれかけにもせんとまくしゐのおふの中山かくしけるらん, 今川貞世、安藝ヨリ周防ニ入リ、是日、國府ニ著ス、, へし、此やま分くたりて、又浦に出たり、こゝをもおふのうらといふなり、むかひの山, いの浦をいてつる友の大船ともゝ、今そ追風にほかけもみゆめる、ふねなる人も此方を, の嵐にしろくなひきて、松のこゑ山川の音にひゝきあひたる朝ほらけ、身にしみておほ, ほとに、おほの山中といふところに來りぬ、長月の有明の月影しら〳〵と殘りて、木の, はいつく島山の南のはつれなりけり、行めくりてなを同所になりにけるかな、今朝さゝ, 古集に侍るやらむ、むかひの岡にしゐまたてといふ事の、ふとおもひ出侍てよめるなる, 下露はまことに笠もとりぬへく、所せきもみちの色こくみわたされたる中に、しゐのは, 〔道ゆきふり〕廿一日は、此佐西を出て、地の御前といふ社の西ひかたより山路に入, 出帆, 水軍佐西浦, 地御前, 大野浦, 二十一日安, 藝佐西出發, 大野山中, 南朝建徳二年北朝應安四年九月二十四日, 二七五

頭注

  • 出帆
  • 水軍佐西浦
  • 地御前
  • 大野浦
  • 二十一日安
  • 藝佐西出發
  • 大野山中

  • 南朝建徳二年北朝應安四年九月二十四日

ノンブル

  • 二七五

注記 (23)

  • 1226,608,49,186えたり、
  • 293,665,57,1997おほのうらをこれかとゝへは山なしのかたえのもみち色に出つゝ
  • 408,605,51,592ゆかしとみをこすめり、
  • 1107,663,58,2007とにかくにしらぬ命をおもふかなわか身いそちにおふの中山
  • 989,673,59,1996むかしたれかけにもせんとまくしゐのおふの中山かくしけるらん
  • 1786,546,79,1696今川貞世、安藝ヨリ周防ニ入リ、是日、國府ニ著ス、
  • 756,620,63,2220へし、此やま分くたりて、又浦に出たり、こゝをもおふのうらといふなり、むかひの山
  • 521,615,66,2231いの浦をいてつる友の大船ともゝ、今そ追風にほかけもみゆめる、ふねなる人も此方を
  • 1338,611,60,2228の嵐にしろくなひきて、松のこゑ山川の音にひゝきあひたる朝ほらけ、身にしみておほ
  • 1569,606,60,2232ほとに、おほの山中といふところに來りぬ、長月の有明の月影しら〳〵と殘りて、木の
  • 641,614,62,2221はいつく島山の南のはつれなりけり、行めくりてなを同所になりにけるかな、今朝さゝ
  • 869,605,67,2234古集に侍るやらむ、むかひの岡にしゐまたてといふ事の、ふとおもひ出侍てよめるなる
  • 1454,606,58,2232下露はまことに笠もとりぬへく、所せきもみちの色こくみわたされたる中に、しゐのは
  • 1671,587,79,2252〔道ゆきふり〕廿一日は、此佐西を出て、地の御前といふ社の西ひかたより山路に入
  • 611,225,39,86出帆
  • 654,229,42,218水軍佐西浦
  • 1607,227,42,129地御前
  • 758,228,41,128大野浦
  • 1712,233,40,212二十一日安
  • 1666,225,43,220藝佐西出發
  • 1549,227,42,171大野山中
  • 185,718,46,830南朝建徳二年北朝應安四年九月二十四日
  • 194,2372,42,119二七五

類似アイテム