『大日本史料』 8編 9 文明8年7月~同9年12月 p.560

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

謹上高瀬民部少輔殿, 〔梅花無盡藏〕六靜勝軒銘詩并序, 兩上杉、長尾忠景、太田道灌、板倉美濃守、大森信濃守已下、用土原へ押かけ合, 形を攻落へき由にく、兩上杉は富田、四方田、甘糟粕原に陣を取ける、, 戰し〓悉打勝て、景春は鉢形乃城へ引退き、殘すくなく討なされとる間、鉢, 月十三日、利根川を越へて、五十子へ歸陣す、長尾景春是を見て引退たるを, 取、太田道灌所々の軍に打勝て、上州那波乃庄へ、兩上杉の迎ひに來り、同五, 責鉢形所, 〔鎌倉大草子〕長尾景春ハ、上州勢を引卒して、五十子梅澤といふ所に陣を, 互相戰、死亡不知數、景春打負鉢形要害へ入込、然則兩上杉甘糟原へ張陣、被, 〔鎌倉大日記〕文明九年五月十三日、那波越利根河、同十三日、於武州用土原, 之爺道眞倡將師、屯兵於上陽赤城之麓河北矣、戲下兩岐相分、其一者退憑嶮, 十一月廿八日道灌判, 十一月廿八日, 文明九年五月十四日, 康正乙亥、騷屑以來二十有餘霜、高揚帝旗、陣武之五十子、〓自戲下起、公, (朱書)「山内家人式部丞イ, 略, 軒、其南掛洛詩板、其東掛此詩板, 武州江戸城太田春苑道濱號靜勝, ○上, ○下, 略, 略, 顯定定正, ニ陣ス, 等甘糟原, 五六〇

割注

  • 軒、其南掛洛詩板、其東掛此詩板
  • 武州江戸城太田春苑道濱號靜勝
  • ○上
  • ○下

頭注

  • 顯定定正
  • ニ陣ス
  • 等甘糟原

ノンブル

  • 五六〇

注記 (28)

  • 1605,884,55,705謹上高瀬民部少輔殿
  • 411,627,102,1111〔梅花無盡藏〕六靜勝軒銘詩并序
  • 1136,665,59,2225兩上杉、長尾忠景、太田道灌、板倉美濃守、大森信濃守已下、用土原へ押かけ合
  • 902,664,56,2023形を攻落へき由にく、兩上杉は富田、四方田、甘糟粕原に陣を取ける、
  • 1018,666,59,2225戰し〓悉打勝て、景春は鉢形乃城へ引退き、殘すくなく討なされとる間、鉢
  • 1253,667,57,2229月十三日、利根川を越へて、五十子へ歸陣す、長尾景春是を見て引退たるを
  • 1369,667,59,2216取、太田道灌所々の軍に打勝て、上州那波乃庄へ、兩上杉の迎ひに來り、同五
  • 551,665,57,278責鉢形所
  • 1465,620,105,2268〔鎌倉大草子〕長尾景春ハ、上州勢を引卒して、五十子梅澤といふ所に陣を
  • 667,663,60,2219互相戰、死亡不知數、景春打負鉢形要害へ入込、然則兩上杉甘糟原へ張陣、被
  • 765,619,102,2273〔鎌倉大日記〕文明九年五月十三日、那波越利根河、同十三日、於武州用土原
  • 199,670,59,2224之爺道眞倡將師、屯兵於上陽赤城之麓河北矣、戲下兩岐相分、其一者退憑嶮
  • 1722,1004,55,1235十一月廿八日道灌判
  • 1722,1031,54,414十一月廿八日
  • 1953,741,43,383文明九年五月十四日
  • 316,804,59,2086康正乙亥、騷屑以來二十有餘霜、高揚帝旗、陣武之五十子、〓自戲下起、公
  • 1663,1012,43,476(朱書)「山内家人式部丞イ
  • 1866,750,39,37
  • 418,1756,45,918軒、其南掛洛詩板、其東掛此詩板
  • 463,1755,44,986武州江戸城太田春苑道濱號靜勝
  • 349,676,38,105○上
  • 580,963,41,113○下
  • 306,672,38,39
  • 538,963,38,38
  • 973,304,44,164顯定定正
  • 891,311,37,110ニ陣ス
  • 933,300,38,169等甘糟原
  • 1954,2475,42,122五六〇

類似アイテム