『大日本史料』 9編 2 永正6年10月-永正7年12月 p.801

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はらひ、一面に追まくり、その勇猛の勢、師子象乃〓く也けれは、成田か五百, り、寄手二万餘騎稻麻竹葦乃〓く、城の三方を取かこ之、時乃聲をあきけれ, 大將藏人入道か軍勢、甲の緒をしめ、弓の弦〓しめし、矢束とたて待かけた, は、城中にも時を合さたり、天地震動し、山鳴海湧て、煙塵おこり、晴天たちま, 立へからす、西乃かたには、小山のつゞきたる其間を掘切て、本覺寺の地藏, に吹かざし、五尺餘り乃大太刀を拔もち、木戸を開きて切て出つゝ、馬人を, せたり、彼山乃躰たらく、四方嶮岨にして切岸たかく、南は洋海漫々として、, いはす當るを幸に薙倒し打おとす、寄手の大勢これを眞中に取こめ、討取, て高名さんと懸寄る、間宮更に物ともとす、射向乃袖を指からし、四方に打, 雲乃浪、煙の波天につらなりて涯なく、北は深田乃底をしらず、馬乃足更に, あら手の三百よ騎息をもつがさず戰かひしかば、彦四郎すでにあやうく, 堂をは根城に拵らへ、越後、駿河乃加勢をもつてかためはを、東乃大手には, よ騎、間宮一人に切立られ、村々に成て引しりぞく、二陣つゝきて懸よする, ちに霧晦し、寄手乃先陣成田下總守か五百よ騎かづき上り、逆茂木を引破, る、神奈川乃住人間宮彦四郎と名乘て、黒糸威乃鎧に四目結の笠符を濱風, 間宮彦四, ノ守備, 郎ノ勇戰, 權現山城, 永正七年七月十九日, 八〇一

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  • 間宮彦四
  • ノ守備
  • 郎ノ勇戰
  • 權現山城

  • 永正七年七月十九日

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  • 八〇一

注記 (21)

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