『大日本史料』 9編 5 永正11年正月-永正12年12月 p.338

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

吉書、各入筥、以殿上人進之、大外記ハ直ニ捧之、, 候へは、如此申候、御心得共肝用候、返々がいりて申入候へ之候、, のみ入うり、しか〳〵としたる□分なと候は手共、あまりに去年よりの事, 此間は、久不能拜顏、背本意候、仍關白事、鷹司殿宣下之由候、執印事可然樣た, 守光公記, □□□殿, 八月廿九日詔、兼輔, 三十日, 〔興福寺略年代記〕永正十一年, 又渡邊の事も定而迷或申候、自然の儀御心得候て、御調候, 〓義植、馬、太刀ヲ周防興隆寺ニ寄進ス, 〔興隆寺文書, 〔鷹司家譜, 政平-, 兼輔, 光, 忠冬, ○永正十一年八月十五日裏文書, 東洋文庫所藏, 初度、, 鷹司殿、, 從一位、氏長者、關白、左, 戌, 大臣、准三后、號法音院, 庚, 申, 甲, ○周防, 兼輔, 忠冬, 義植、馬、太刀ヲ周防興隆寺ニ寄進ス, 永正十一年八月三十日, 三三八, 光

割注

  • ○永正十一年八月十五日裏文書
  • 東洋文庫所藏
  • 初度、
  • 鷹司殿、
  • 從一位、氏長者、關白、左
  • 大臣、准三后、號法音院
  • ○周防
  • 兼輔
  • 忠冬
  • 義植、馬、太刀ヲ周防興隆寺ニ寄進ス

  • 永正十一年八月三十日

ノンブル

  • 三三八

注記 (34)

  • 1796,653,63,1351吉書、各入筥、以殿上人進之、大外記ハ直ニ捧之、
  • 1220,660,67,1848候へは、如此申候、御心得共肝用候、返々がいりて申入候へ之候、
  • 1337,671,64,2179のみ入うり、しか〳〵としたる□分なと候は手共、あまりに去年よりの事
  • 1452,667,66,2179此間は、久不能拜顏、背本意候、仍關白事、鷹司殿宣下之由候、執印事可然樣た
  • 1663,631,89,321守光公記
  • 994,1021,56,263□□□殿
  • 413,1668,58,559八月廿九日詔、兼輔
  • 289,594,71,214三十日
  • 390,620,96,963〔興福寺略年代記〕永正十一年
  • 1565,808,65,1702又渡邊の事も定而迷或申候、自然の儀御心得候て、御調候
  • 287,859,76,1199〓義植、馬、太刀ヲ周防興隆寺ニ寄進ス
  • 164,639,87,404〔興隆寺文書
  • 854,633,97,336〔鷹司家譜
  • 756,672,57,900政平-
  • 640,667,59,127兼輔
  • 1113,2092,55,56
  • 525,651,58,141忠冬
  • 1713,1028,48,961○永正十一年八月十五日裏文書
  • 1670,1022,41,397東洋文庫所藏
  • 399,2248,42,118初度、
  • 445,2245,40,194鷹司殿、
  • 678,811,45,605從一位、氏長者、關白、左
  • 398,1604,43,40
  • 627,815,46,609大臣、准三后、號法音院
  • 322,827,42,47
  • 285,834,35,42
  • 446,1602,35,40
  • 160,1108,50,183○周防
  • 639,667,58,126兼輔
  • 525,653,59,139忠冬
  • 287,866,76,1189義植、馬、太刀ヲ周防興隆寺ニ寄進ス
  • 1910,734,42,417永正十一年八月三十日
  • 1916,2436,45,118三三八
  • 1113,2092,55,57

類似アイテム