『大日本史料』 9編 6 永正12年是歳-永正14年6月 p.871

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たりとすれども、其の因據更に詳ならず、, 敍ス、, も、是亦疑はし、假令、此の縁起三卷、義政公の發願によりて、其の詞書の一, 紙に、此の繪卷物者、東山殿義政公清水觀音え御寄附なりと記したれど, 十四年中に清書せられたるは事實なるがごとし、然るに古筆了伴は下, 部分を書かれ、清水觀音に寄附せられむとして果さずして薨去せられ, 卷の詞書に、足利義政公の眞蹟と鑑定したれども、義政公は延徳二年正, までは、廿八年後なれば、義政公の筆蹟といふは疑はし、又別に古筆の折, 月七日、五十六歳にて薨去せられたり、されば延徳二年より永正十四年, 右眞蹟無疑者也、, 又曰、此の清水寺縁起三卷の詞書は、宣胤卿の記に記載せるごとく、永正, 東山左大臣義政公近比都の, ○中御門宣胤、甘露寺元長、誓願寺縁起繪詞ヲ書スルコト、便宜左ニ合, 右眞蹟無疑者也、古筆了伴印, 誓言願寺縁起繪詞一段書之、, 三條西内大臣實隆公當寺住侶, 古筆了伴印, 宣胤卿記〕二月十二日、晴、, 〔宣胤卿記〕二月十二日、晴、〓冲誓願寺縁起繪詞一段書之、, 略, ○中, 宣胤誓願, 寺縁起繪, 詞ヲ書ス, 永正十四年四月十九日, 八七一

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  • ○中

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  • 宣胤誓願
  • 寺縁起繪
  • 詞ヲ書ス

  • 永正十四年四月十九日

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  • 八七一

注記 (26)

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