『大日本史料』 10編 10 元亀3年8月~同年12月 p.16

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へとも、そのころ新在家は、今のよのことき人家もすくなく、, ありけれは、世に川はたの道喜といひしか、いつしかといひなりて、氏とはなせる也、む, ゝしたりけん、兵火にやきうしなひぬ、そのあくる年永正九年、世のみたれやむことな, くのみありけれは、京の人々心そらにて、ものあきなふ家もなくなりぬ、されはあふれ, ものとも、くひ物にともしくして、みたりなるふるまひなとしありきけり、道喜か家に, 訴へなけき申たりけるに、やかて制札をそたまはりける、其詞にいはく、, かしよりそのすむ所の名の、やかて氏となれる事すくなからす、この川端も猶そのたく, もみたれ入來て、心にまかせて餅をかすめ、狼藉いふはかりなかりけれは、おほやけに, 御門なともあらさりき、このほとりに御溝の流ありて、道喜が家、このなかれにそひて, 五郎左衞門入道道喜、鳥羽村よりいまの新在家にうつりし事、その年月は詳ならすとい, この制札を門にたておきたりけれは、さすかにこれにやおそれけん、そののちは、狼藉, (繪), のうれへもなかりしと也、, 餅座宛、室町幕府奉行人連署奉書, 略ス、同日ノ條(補遺)ニ見ユ〓, ○永正九年六月一, 十九日附、京都の, 川端ノ姓ノ, 始, 元龜三年八月三日, 一六

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  • 餅座宛、室町幕府奉行人連署奉書
  • 略ス、同日ノ條(補遺)ニ見ユ〓
  • ○永正九年六月一
  • 十九日附、京都の

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  • 川端ノ姓ノ

  • 元龜三年八月三日

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  • 一六

注記 (21)

  • 632,642,57,1552へとも、そのころ新在家は、今のよのことき人家もすくなく、
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