『大日本史料』 10編 23 天正2年6月~7月 p.24

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處二二番狼煙ヲアクヘシ、濱松へ信長公著陣アラハ、同處二三番狼煙ヲアクヘシ, 濱松へ遣シケルニ、牛之助歸テ曰、加勢ノ先陣已二濱松マテ來ノ旨申トイへト, 上下、牛之助僞ヲ申來レリトテ、各々アキレマトヒテ、又牛之助ヲシノハセテ、, 東坂にをいて、男義信をもつて勝頼の質武田信豐と人質を相かふ、それより, 信長公ノ先勢濱松ヘツク時、青田山ニ一番狼煙ヲアクヘシ、又見付ニツカハ、同, ト約束アリシニ、已二三番狼煙マテアカリケレトモ、加勢來ラサルニ付、城中ノ, 〔諸家系圖纂纂〕, 一族のものとゝもに、濱松に參りて東照宮に拜〓し、懇の仰をかうふる、し, 告ク、是二依テ東照君、信長公ノ加勢ヲ御頼ミアリ、牛之助二仰セコサレシハ、, 田三右衞門某扱ひにいりて矛盾をとゝめ、武田家とも和議とゝのひ、見附原, 神ヲ攻テ數十日ヲ送ル間、城中ヨリ鷺坂牛之助ラシノヒ使トシテ濱松へ事ノ急ヲ, かるに安西越前・福嶋十郎左衞門・小笠原河内守・匂坂牛之助等の四人、武, 天正二甲戌ノ年、勝頼勢ヲ催シ、高天, 田家に内通のきこえあるにより、糺明ありて皆切腹せしめらる、, 一、, ムルコトニカヽル、元龜二年三月是月ノ條二收ム, ○中略、武田信玄、小笠原氏義ヲ遠江高天神城二攻, ○「譜牒餘録, 三、異事ナシ, 高天神小笠原家譜, 六之二, (遠江), 天正二年六月十七日, 二四

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  • ムルコトニカヽル、元龜二年三月是月ノ條二收ム
  • ○中略、武田信玄、小笠原氏義ヲ遠江高天神城二攻
  • ○「譜牒餘録
  • 三、異事ナシ
  • 高天神小笠原家譜
  • 六之二
  • (遠江)

  • 天正二年六月十七日

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  • 二四

注記 (24)

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