『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.711

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よりて蘆田修理大夫, こゝろさしを氏直に通ず、又蘆田修理大夫、, 兵粮等を蘆田にをくる、そのゝちあひ圖の時日をさだめ、岩村田の城に火, す、東照大權現甲州新府に御進發のとき、信州こと〳〵く氏直に屬す、是に, としすかふといへども、母をすてゝ命にしたがはんとなり、こゝにおひて, 方に屬していはく、これよりさき岩村田にある輩、氏直か爲に、其母を人質, をはなちて麾下に屬しぬ、氏直大にいかり、田口にをひて人質の諸母を〓, したてまつり、忠節を抽べきやいかゝあなべきととふ、此時士みな諾し、味, 味方となり、ひそかに岩村田に住する諸士に告ていはく、今度大權現に屬, 信州佐久郡見澤の山小, 屋に楯籠時、忠節をほくすべきのむ〓御書を蘆田にたまふ、蘆田すでに御, つかへ、其後武田信玄、おなじく勝頼につかふ、勝頼沒して後、北條氏直に屬, 害す、是によりて少々氏直か與する輩も、みな蘆田に屬し、信州たちまち大, 北條氏直につかふ、東照大權現甲州新府へ御發向のとき、信州の軍士ども, 權現の御掌に歸しぬ、, 信, 〔寛永諸家系圖傳〕五, 高付久利, 譜高付久利譜、高付ヲ高月ニ作ル, ○寛政重修諸家譜、中澤久吉, ○寛政重修諸家譜高付久利, 譜、蘆田右衞門佐信蕃二作ル, 譜、蘆田右衞門佐信蕃ニ作ル, 六左衞門、生國同前、○寛政重修諸家, 高付久利, 天正十年六月二十日, 七一一

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  • 譜高付久利譜、高付ヲ高月ニ作ル
  • ○寛政重修諸家譜、中澤久吉
  • ○寛政重修諸家譜高付久利
  • 譜、蘆田右衞門佐信蕃二作ル
  • 譜、蘆田右衞門佐信蕃ニ作ル
  • 六左衞門、生國同前、○寛政重修諸家

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  • 高付久利

  • 天正十年六月二十日

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  • 七一一

注記 (27)

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