『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.31

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で犬山まあたりまて追うちしけるに、森か郎等野呂孫一郎某といふ者、羽, を〓候樣ニと就上意、則〓申候處、前髮御座候を被成御覽、若輩者之働一入, 害を襲はむとて、犬山表に發向し、樂田、羽黒、五郎丸乃民屋を放火し、すゝん, 御〓, 出候へは、何者ニ而有之哉与被遊御尋候故、美作守家來之者之由申上候、甲, 奇特ニ被思召旨候而、爲御褒美御笄彼下置候、今以所持仕、右之喜内孫加藤, 太郎右衞門与申者家老申付、私方と罷在候、以上、, 十二年三月、小牧, 御陣にも、忠次にしゝかひ、先手にはらなりれ、森長一か據ところの羽黒の要, 之齊、美作守家來加藤喜内〓申者、十七歳と而首二討捕、權現樣御目通わ罷, 丞玄孫山田半右衞門と申者家老申付、私方ニ罷在候、以上、, 〓申者相働候付、權現樣於御前、爲御褒美、御脇指奉頂戴候、今以所持仕、半之, 右者、天正十二年尾州羽黒御陣付而、祖父奧平美作守信昌〓、森武藏守合戰, 御褒美, 松平家信, 〔寛政重修諸家譜〕, 天正十二年三月十七日, 初家副、紀太郎、又七、, 赤銅なゝこ、樋, のすかし有、, 7講〓台〓紀伊守、, のすかし有、奉頂戴候、, 赤銅なゝこ、樋加藤喜内, 加藤喜内, 奉頂戴候、, 松平家信, 加藤喜内, 三一

割注

  • 初家副、紀太郎、又七、
  • 赤銅なゝこ、樋
  • のすかし有、
  • 7講〓台〓紀伊守、
  • のすかし有、奉頂戴候、
  • 赤銅なゝこ、樋加藤喜内
  • 加藤喜内
  • 奉頂戴候、

頭注

  • 松平家信
  • 加藤喜内

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  • 三一

注記 (28)

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