『大日本史料』 11編 13 天正13年正月 p.24

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共、又翌年小田原ゟ被攻、終に無程兩家なから亡ひし事也、, 申に似たりといへ共、宗綱打死仕候とも、弟天徳寺と申もの御座候上は、天徳寺心を承、, へ關八州の格法にて候間、人質可相渡候、押よせ勝負とは存すれ共、宗綱内婦・老母居, 以子細有之故、小田原ニ招寄、籠居ニ申付候、右兩人申分相立雖歸城有、其許ゟ人質於, 一天徳寺は上方秀吉公へ御勤め、家中の衆中鑓之弟子と被成、秀吉公にも御氣ニ入、御前, 近く被遊、諸〓御心安く被仰候、第一天徳寺智仁勇強將無双、度々場數こて、其上兵法, 一小田原氏直公ゟ佐野へ御使者有之、被仰けるは、宗綱打取の趣委細長尾顯長方ゟ屆候、, 此方ゟ御報可申上とて、使者を小田原へ歸し、早速使者之趣上方へ申遣候事也、, 城にて無大將所へ何とやらん長なし、又長尾・由良兩城主、佐野・桐生雖打取無禮、旁, 其元佐野之分は、今迄の通り不殘支配無相違可被致候、就夫左も有んニ於ては、小田原, 鑓之上手天下無双之事也、秀吉公にも一度は御取立可被遊と思召御念頃也、然處に野州, 渡者、重而遺恨有之とも、此方ゟ後詰可申、家老へ被仰遣けれは、委細御使者之趣違背, 小田原ゟ使者來る吏, 佐野ゟ天徳寺へ飛札之〓, 徴ス, 氏直使ヲ佐, ニ於テハ天, 野ニ遣ハシ, テ人質ヲ求, 衍ノ意見ヲ, 佐野家臣寶, 寶衍ハ槍術, 尾兩氏ヲ攻, 氏直由良長, 下無双, 天正十三年正月一日, 二四

頭注

  • 徴ス
  • 氏直使ヲ佐
  • ニ於テハ天
  • 野ニ遣ハシ
  • テ人質ヲ求
  • 衍ノ意見ヲ
  • 佐野家臣寶
  • 寶衍ハ槍術
  • 尾兩氏ヲ攻
  • 氏直由良長
  • 下無双

  • 天正十三年正月一日

ノンブル

  • 二四

注記 (27)

  • 1813,662,57,1501共、又翌年小田原ゟ被攻、終に無程兩家なから亡ひし事也、
  • 886,667,62,2253申に似たりといへ共、宗綱打死仕候とも、弟天徳寺と申もの御座候上は、天徳寺心を承、
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