『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.107

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りやう、思ひ〳〵の結構驚目候、諸方御著合ニて候者、船中或宿々の慰、無, 正體樣子、不及言語候事迄候, ゆさしわたされ候、もとより彼くにもまちまうけたることに候條、ほこの, しかるあ, 乘うき湊口え漕出、四日之寅の刻ニ出船申、ゑらぬの島え、亥之時計ニ著, 著申候、彼湊え鹿兒島、國分、加治木方之諸類船、八拾艘餘御座候、船之かざ, 一三月朔日二日三日ニも、順風無御座候て御逗留ニ候、同三日之晩ニ、船ニ, 申候、船道三十八里ニ而候、同五日之日は天氣惡敷候て、彼島え御逗留候, 一高山, ひた、むつの守殿より江戸するつへ御意をえられ候は、當春りうきう人し, 申候、順風無然と、右亥之時ニ出船申、夜とれニ乘、山川え翌日寅之刻程ニ, 〔御家秘書〕, を二月晦日之巳之刻ニ打立、高洲え申之刻ニ參著, 〔薩藩舊記〕, 三月四日家久判, 進上龍伯樣, 三月四日, ○高山ハ伊集院, 後集二十九, 琉球渡海日々記, 十八下所收球ノ入貢ヲ督促スルコトニカヽル, 久元ノ采邑ナリ, ○舊典類聚〇上略、家久、僧龍雲等ヲ遣シ、重ネテ琉, ○以下四月五, 日ノ條ニ收ム, 進上龍伯樣, 船舶ノ粧, 滯船, 永良部島, 飾, 慶長十四年二月二十六日, 一〇七

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  • ○高山ハ伊集院
  • 後集二十九
  • 琉球渡海日々記
  • 十八下所收球ノ入貢ヲ督促スルコトニカヽル
  • 久元ノ采邑ナリ
  • ○舊典類聚〇上略、家久、僧龍雲等ヲ遣シ、重ネテ琉
  • ○以下四月五
  • 日ノ條ニ收ム
  • 進上龍伯樣

頭注

  • 船舶ノ粧
  • 滯船
  • 永良部島

  • 慶長十四年二月二十六日

ノンブル

  • 一〇七

注記 (32)

  • 1216,717,65,2152りやう、思ひ〳〵の結構驚目候、諸方御著合ニて候者、船中或宿々の慰、無
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