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三石拜領仕り、, 家定生國尾張, 十二歳にして死す、法名心月正圓といふ, 内にて、五百石の釆地をたまはり、御小性仰せつけられ、父玄蕃頭利定、本, 自分知行を合せて五千石を知行仕候、餘は父利定か傳に詳なり、, 領美濃國松倉郷拜領の節、別に美濃國にて知行拜領仕、都合千石を領し、, 御奉公申上候處、慶長二丁酉年九月、めし出され、上總國屋那の郷椿村の, 天正十八庚寅年五月、相模國小田原に於て、はしめて權現樣へ御目見仕、, 其後御宥免を蒙り、在所にさし置れ、父利定死去の後、その遺跡を賜はり、, 級つゝ討とり申候、天下御一統ののち、舊地たるによつて、濃州各務郡羽, 幼少より信長公につかへ、およひ, 信忠公にもつかへ、御父子御生害の後、信雄公に仕へ、しは〳〵戰功あり、, 慶長十五庚戌年二月十三日、七, 栗郡の内にて、父子五人のものともへ、一倍の御加増にて、六千五百三十, 慶長十五年二月十三日, ○寛政重修諸家譜二「母, ハ右近某ろ妹」トアリ、, ○寛政重修諸家譜此間二, 松倉の郷に住す」トアリ、, 各務郡新加納村の少林寺に葬, ○寛政重修諸家譜此下ニ「采地, 寛政重, ○下略, 修諸家譜、及ビ坪, る、妻は織田家の臣生, 駒右近某ろ妹」トアリ、, 内系譜異事ナシ、, 葬ル, 少林寺二, 家定, 〔參考〕, 慶長十五年二月十三日, 九九〇
割注
- ○寛政重修諸家譜二「母
- ハ右近某ろ妹」トアリ、
- ○寛政重修諸家譜此間二
- 松倉の郷に住す」トアリ、
- 各務郡新加納村の少林寺に葬
- ○寛政重修諸家譜此下ニ「采地
- 寛政重
- ○下略
- 修諸家譜、及ビ坪
- る、妻は織田家の臣生
- 駒右近某ろ妹」トアリ、
- 内系譜異事ナシ、
頭注
- 葬ル
- 少林寺二
- 家定
柱
- 〔參考〕
- 慶長十五年二月十三日
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- 九九〇
注記 (33)
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