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丑十一月廿八日、於金地院, 駿府ニ訴フ、是日家康之ヲ裁シ興福寺ノ堂衆ヲ戒和尚ト爲ス、, 五六十年東大寺退轉之間、興福寺戒和尚可勤之由被仰云々、, 今度大乘院御門跡、就可有御受戒儀而、戒和尚之儀、東大寺、興福寺兩堂中, 十九、天晴、〓凉、一門御上洛之由候、以使者之處、女御殿ヘ御座ト、, 其時可得上意候、恐々、, 大乘院信尊、戒ヲ受ケントス、東大寺、興福寺ノ堂衆、戒和尚ノ事ヲ爭ヒ、, 廿九日、於伊賀殿、方々へ之折〓相調、連判ニで遣候、案在左, 成御衆會、如先規治定可然候、其上相滯儀候者、從兩寺、以書付可被仰越候, 相論在之由、訴状從東大寺被指上候、樣子無案内之儀候間、兩寺之諸老被, 〔本光國師日記〕十慶長十八年、, 一興福寺東大寺戒和尚双論之儀、兩寺へ折紙可遣との双談也, 〔駿府記〕四月十八日、今日就大乘院就受戒、東大寺、興福寺、有戒和尚公事、百, ヽ、右大方如此、明廿九日、伊賀殿へ參、方々への折紙共相調可遣也, 十一月廿八日板倉伊賀守, 崇傳京都二, ○中略、是時, 在, 信尊受戒, 家康ノ裁, 定シテ先, 決, ヲシテ協, 先ヅ兩寺, 規二仍ラ, シメント, 慶長十九年四月十八日, 十一月廿八日, 十一月廿八日板倉伊賀守, 板倉伊賀守, 九六八, 丑
割注
- 崇傳京都二
- ○中略、是時
- 在
頭注
- 信尊受戒
- 家康ノ裁
- 定シテ先
- 決
- ヲシテ協
- 先ヅ兩寺
- 規二仍ラ
- シメント
柱
- 慶長十九年四月十八日
- 十一月廿八日
- 十一月廿八日板倉伊賀守
- 板倉伊賀守
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- 九六八
- 丑
注記 (32)
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