『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.530

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れは、遠くこは〓を望むに、殘りなく燒落せしやうにみ〓しゆ〓、かく風説乃, 入、兼〓被仰付候忍の者、今橋ゟ罷出、中筋長堀を限燒立申候、乾風烈、道頓堀, たかひありしなるへしと具に言上に及ふ、和議なるのゝち、おほせにより, 三被仰付候ニ付、下町持口の諸大將御請申上候、大野主馬壹人承引不仕、矢, 軍計にて持口を明捨事、弓箭の疵ニ〓候、但上町へ取込御爲ニ可成儀ニ〓, 馬をたはかり寄、其跡へ忍入、下町を自燒被仰付可然と評定究、廿九日の宵, ニ、急度御用候間、早々登城可仕旨兩三度迄申來ニ付、夜半時分、主馬城中へ, 候はゝ、何も御取込可然候、主馬壹人をは御捨殺可被成候旨申切候、主馬組, 〔參考〕, 上下壹万計ニ而候へは、是を御捨被戌候事不可然旨、異見區々ニ〓、兎角主, て、諸將とおなしく城外の堀を埋む、, 座、阿波座近邊取渡、南北手を合候ニ付、兎角上町を持、下町は明捨可然旨再, 筋風下ニ〓煙押懸候、主馬をは城中ニ押へ置、御出不被成候ニ付、主馬組を, も下町を抱候時、蜂須賀阿波守、松平土佐守、石川主殿以下仙場を乘越、土佐, 〔大坂御陣覺書〕上是ゟ先、霜月廿九日、道頓堀筋を大野主馬持堅候、惣軍, 軍下町ヲ, 道頓堀筋, ヲ守リ惣, 房ヲ招キ, 大野治房, ヲ葉ルヲ, 伴リテ治, 治房下町, 寄セ其虚, 肯ゼズ, 守ル, ニ放火ス, 慶長十九年十一月三十日, 五三〇

頭注

  • 軍下町ヲ
  • 道頓堀筋
  • ヲ守リ惣
  • 房ヲ招キ
  • 大野治房
  • ヲ葉ルヲ
  • 伴リテ治
  • 治房下町
  • 寄セ其虚
  • 肯ゼズ
  • 守ル
  • ニ放火ス

  • 慶長十九年十一月三十日

ノンブル

  • 五三〇

注記 (29)

  • 1811,638,62,2211れは、遠くこは〓を望むに、殘りなく燒落せしやうにみ〓しゆ〓、かく風説乃
  • 300,634,60,2219入、兼〓被仰付候忍の者、今橋ゟ罷出、中筋長堀を限燒立申候、乾風烈、道頓堀
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