『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.883

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太郎介一矢い申候へは、鑓を持候敵のひざ頭ニ中り申候、太郎介矢をたか, ひ申候内は、頼母鑓にてつめ合候故、心易射させ候ニ付、二の矢も敵の腰ニ, 相見へ候間、取て呉候へと頼候ニ付、太郎助心得、久寶寺町口ニ鞍置馬十疋, 候、敵方えは得こにひき申間敷と申候ニ付、太郎介聞もあへす、然らは目に, 取たる首を鑓弓ニ取添持て退キ申候に、敵近候ニ付、兩人とも首を下ニ置、, はかりひき並へ居候處え參、其馬引來候へと申候へは、是は大野殿馬ニ而, 處え、梅原頼母も長兵衞と行別れ、〓早引取可申と存、此筋え參候か、此躰を, 中り、はたとたふれ申候、少しらみ候ニ付、此方の堤際迄引取候處ニ、又二十, ニ候へは、大藏馬上御無用と、馬の口を取押〓シ候へとも、何分病氣是非ニ, 物見をんと、矢をほかい候を見て、早々引參候ニ付、大藏是ニ打乘、東え向候, 間參候へと申ニ付、大藏病氣故歩行難叶候、馬も乘放候間、あれに敵の馬多, 見て、大藏ニ向ひ、弓之衆は斯樣之節のき口相勤候樣ニと、かねての御軍令, け申候ニ依、頼母太郎助兩人申合を、仕のきニ仕候、兩人とも下人も附不申、, 不及と問答仕内に、敵四人鑓三筋弓一張にてく付來、はや大藏冑へ矢を射か, 候を、押〓相働候付、言之外疲居申候處え、玉置太郎助首一ツ取、〓早可引取, 弓衆ハ退, 任ズ, 却援護ニ, 元和元年五月六日, 八八三

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  • 弓衆ハ退
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  • 却援護ニ

  • 元和元年五月六日

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  • 八八三

注記 (20)

  • 507,632,61,2220太郎介一矢い申候へは、鑓を持候敵のひざ頭ニ中り申候、太郎介矢をたか
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