『大日本史料』 12編 26 元和二年雑載~元和三年三月 p.409

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候、伊外記院内へ被參候、境ニ而おちあひ、院内山かし米之樣子申合、わかれ, を取、御物成そたて申候而、田地をもあらし不申候、おとゝしよりは鉛山さ, 月廿五日、藤琴村肝煎惣百姓とかき、我等所ヘ之名付ニて、肝煎持參候間、右, ニ被仰付候事、迷惑申候、聞めし被分、御申上られ被下度候、以上、元和三年三, 入被仰付候間、百姓肝煎請合仕候而、鉛山能御座候内は、作ノ間ニ手間なと, 申候付、院内山先共諸役手前之分、御ゆるし之内、板五枚は居屋敷ノ内ニ有、, へあしく御座候間、手間さへ取不申候間、御物成そたて可申樣御座なく候, えは、五ツニも、五ツ五分ニも被仰付候所ニ、藤琴計高上り候上ニ、六ツ五分, 之由、右近殿御意被成候, 間、聞召被分、御奉行衆樣へ御申被上、免御ゆるし被下度候、左樣ニ無御座候, 廿九日、小野吉岡勘右同心仕、窪田ゟ荒川銀山ノふもと、肝煎半助所まて參, 近殿を以申上候へは、聞召被分、五分御ゆるし被成、六ツニ當年ゟは被仰付, 得は、百姓肝煎と〳〵りにまり申候間、當年よりは過分ニ荒可申候間、わき, 所ニ而御座候へは、作りものもあしく御座候、只今まては御下代衆御念被, はとあと〳〵申付候處ニ、事外すり切、間歩不致故、手まへニ而は用不立候, 衰フ, 藤琴鉛山, 藤琴百姓, ノ難境, 元和三年正月十日, 四〇九

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  • 衰フ
  • 藤琴鉛山
  • 藤琴百姓
  • ノ難境

  • 元和三年正月十日

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  • 四〇九

注記 (21)

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