『大日本史料』 12編 29 元和四年正月~同年十二月 p.146

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拜領物は又品おほし, 大輪院樣御懷中覺書公六十三歳ノ時、秀忠公御成有リ, 宗國史には、寛永元年四月として、神君の遺命なりしを、台徳公より重て, 命し給ふ由しるす、諸書いふ處一ならす、今國師の状を見るに、閏三月に, テ之ニ代フ, のみ、, 寛永系譜元和四年、台徳院殿、高虎の館に渡御ありて、猿樂を御覽あり, 同五月十六日、台徳公、再次我邸に臨し給ふ、, 御成の事をのせたり、御系譜と合へり、しはらくこゝにのけ、後考をまつ, 御系譜同年五月十六日、台徳院樣、高虎宅へ被爲成、數奇屋へ入御、茶事, 二十一曰, 終て、於廣間能上覽有之、御膳獻上仕候、其節、高虎、高次、御時服、白銀拜領仕, 候、, 〓是ヨリ先、山田奉行長野友秀歿ス、是日、幕府、山岡景以ヲ以, 〔東武實録〕四同二十一日、山岡主計頭景以、勢州山田奉行トナル、, 元和四年閏三月二十一日, 傳記同、年, 譜異事ナシ、, 譜略同, ○靜勢藤堂家, 是ヨリ, 先キ、長, 庚, 野内藏允此役ヲ勤ル事、慶長六年ヨリ此年ニ至ル、〇本條, ノコト、寛永諸家系圖傳、寛政重修諸家譜共ニ所見ナシ、, 戌, ○, 一四六

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  • 傳記同、年
  • 譜異事ナシ、
  • 譜略同
  • ○靜勢藤堂家
  • 是ヨリ
  • 先キ、長
  • 野内藏允此役ヲ勤ル事、慶長六年ヨリ此年ニ至ル、〇本條
  • ノコト、寛永諸家系圖傳、寛政重修諸家譜共ニ所見ナシ、

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  • 一四六

注記 (28)

  • 975,718,57,630拜領物は又品おほし
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