『大日本史料』 12編 29 元和四年正月~同年十二月 p.412

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日こ一度ツヽ御使こて、昆若を被遣候由、, の外ねたり被申候由、, 方を拜、〓取候て、加州樣御教被成候へと申候而相定候由、, 事、御叶可被遣由被仰遣候處、私何も望無之候、こんにやくを一生給申度, 前樣計御休被成御座候、金峯驚起上、見被申候得者、公は次之間にて靜座, 被成御座候、いをも夜明こは、長脇差御さし、靜座被遊候、金峯立腹こて、以, 一元茂公え直茂公御咄、上下こよらす、時節到來すれは、家か崩るゝもの也、, 候、御懇こ被仰下事候間、此望御叶被下候得と被申上候、夫ゟ一生之内、二, 其時崩すましきとすれは、きたな崩しする也、時節到來と思はゞ、いさき, 一直茂公え金峯和尚見廻之節は、御咄久敷有之候、一宿之時は、御夫婦樣之, 界院殿聞覺候由也、, 中こ臥被申候、或時、夜明て目を覺し見被申候得者、直茂公不被成御座、御, よく崩たるろ能也、其時は抱へ留る支も有と被仰候由、月堂樣御咄を禪, 一日峯樣御存生之内ゟ、在々端々之者共、りかり兼たる事有之時は、佐嘉之, 一稻垣權左衞門御暇被下候事、, 元和四年六月三日, 一家滅亡, 來セバ潔, ノ時節到, ク倒ルベ, 早曉ノ靜, 士民ノ信, 頼ヲ受ク, 座, 元和四年六月三日, 四一二

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  • 一家滅亡
  • 來セバ潔
  • ノ時節到
  • ク倒ルベ
  • 早曉ノ靜
  • 士民ノ信
  • 頼ヲ受ク

  • 元和四年六月三日

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  • 四一二

注記 (26)

  • 1568,710,57,1199日こ一度ツヽ御使こて、昆若を被遣候由、
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