『大日本史料』 12編 31 元和五年七月~同年十月 p.858

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ノ叡慮ヲ傳へ給フ、, 十八日, 廿一日、江戸に還御なり、, 公家衆法度被申付儀、尤至極候、併ろ樣之儀出來候事も、我等不器用故こ候, 條、必定將軍も見つきられ候はんと恥入候、何かと役者共遲々候得は、ふる, 〔京都御所東山御文庫記録〕, き道もたえ候而、禁中もすたれ候儀、且者武家之爲こも候へは、此上者、我等, 兄弟何れこ而も即位させられ候而、王法たゝしく候はん事可然候歟、我等, 即位之刻者、家康公以馳走はや〳〵八年在位之事候へは、旁々以山居之志, も、我等器量なく候へは、とろく逼塞申度候間、將軍機嫌能樣こ〓候通、, 今日其許板倉伊賀守、藤堂和泉守參候由、内々承候、然者、略如御物語申、今度, 申被傳候へく候、, 「後陽成院勅書」, 候間、此等之趣委細申被申含候て、讓位候事、爲兩人可然樣こ、將軍へ申入候, 〓□□將軍馳走之段、祝著千万こ候へは、對將軍、少も所存無之候へと, 期・公家衆處罰ノコトニ依リ、宸翰ヲ右大臣近衞信尋ニ賜ヒ、讓位, 辰翰掛引繼第一號之内, ○コノ御ウハ書ハ、靈元天皇ノ宸翰ニ, カヽル、後陽成院トアルハ御誤ナラン、, 乙一, 卯, 丁, 年ヲ過ギ, 等近衞信, 板倉勝重, 藤堂高虎, 御在位八, 御山居ノ, 叡慮マシ, 尋ヲ訪フ, マス, 元和五年十月十八日, 八五八

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  • 辰翰掛引繼第一號之内
  • ○コノ御ウハ書ハ、靈元天皇ノ宸翰ニ
  • カヽル、後陽成院トアルハ御誤ナラン、
  • 乙一

頭注

  • 年ヲ過ギ
  • 等近衞信
  • 板倉勝重
  • 藤堂高虎
  • 御在位八
  • 御山居ノ
  • 叡慮マシ
  • 尋ヲ訪フ
  • マス

  • 元和五年十月十八日

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  • 八五八

注記 (33)

  • 1521,555,82,593ノ叡慮ヲ傳へ給フ、
  • 1651,545,72,211十八日
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