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次ろ女、, しめて台徳院殿に拜〓す, いて卒す、年三十七、月海岫雲清光院と號す、彼地の神龍寺に葬る、後駿河, たてまのり、八年十一月二十五日、從五位下、丹後守に敍任し、駿府にをい, せによりて、西尾隱岐守吉次か女を娶る、五年九月、關原の役にしたかひ, 忠昭母は吉次ろ女、慶長十八年、駿河國に生る、元和六年三月、遺領を繼、は, 國田中の遍光寺に改葬し、また遠江國横須賀の龍眠寺にうつす、室は吉, て、奏者の〓をつとむ、後隱岐守吉次ろ養子とれる、, 忠永母は忠世におなし、東照宮に近侍し、采地をたてはる、慶長四年、おほ, 元和六年正月十四日, 〔寛政重修諸家譜〕〓十, 酒井, ○以下女子二人略ス、, 與四郎、河内, 時に, 八歳、, 万千代、與四郎、右兵衞大夫、雅, 與七郎、釆女、下總守、, 守、從五位下、, 樂頭、從五位下、從四位下、侍從、, 三〇
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- ○以下女子二人略ス、
- 與四郎、河内
- 時に
- 八歳、
- 万千代、與四郎、右兵衞大夫、雅
- 與七郎、釆女、下總守、
- 守、從五位下、
- 樂頭、從五位下、從四位下、侍從、
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- 三〇
注記 (21)
- 1571,725,57,203次ろ女、
- 1343,729,60,761しめて台徳院殿に拜〓す
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