『大日本史料』 12編 37 元和七年正月~同年六月 p.193

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候と云々、又六月三日、小倉を御讓被成候とも有、, 于今其地ゟ此方へ見廻こ不參者共有之事こ候、惣庄や共へも如此之類御入候、其方, 度加ゝ山主馬へも如申候、家中上中下侍・小者こ至迄、如何樣こも其方次第たるへ, く候、我〳〵搆無之儀こ候、然共右之樣子は、我〳〵身こ懸事こ候間申候、既此祝儀, 態申候、其方こ家督相渡、我〳〵隱居之事、代か一度とは加樣之事たるへき處こ、, 被申付用所も候て如此候哉、不審こ候、面々も申候、民部・式部を以て申候、又先, こは、從歴々使者も來候、又目をかけ候上方之者共、いつれも見舞こ參、移徒之祝, 一九月五日・同十九日・同廿日、忠利君え之御書三通、, 來之間は、志水伯耆家こ被成御座候と見へ申候、今度御下着之日知レ不申、忠利君, 考に、右四月十二日之御書之通こ候へは、今度御下國、直こ中津こ御移、御普請出, 小倉こ御入城は、六月廿三日なる故、三齋君も、此日、中津こ御隱居被遊候と記し, 一書、六月廿三日、小倉ゟ中津こ御隱居被遊候、中津之御普請は、五月ゟ俄こ被仰付, 已上, 候歟、, 元和七年二月是月, ○中略、宗立ノ家臣ノコトニカヽル、正, 保二年十二月二日、宗立卒スル條ニ收ム、, アルヲ喜バ, ナサザル者, 〓居見舞ヲ, トノ説, 津ニ隱居ス, 宗立家臣ノ, 諸方ヨリ祝, 宗立六月中, 儀ノ使者到, ル, ズ, 元和七年二月是月, 一九三

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  • ○中略、宗立ノ家臣ノコトニカヽル、正
  • 保二年十二月二日、宗立卒スル條ニ收ム、

頭注

  • アルヲ喜バ
  • ナサザル者
  • 〓居見舞ヲ
  • トノ説
  • 津ニ隱居ス
  • 宗立家臣ノ
  • 諸方ヨリ祝
  • 宗立六月中
  • 儀ノ使者到

  • 元和七年二月是月

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  • 一九三

注記 (30)

  • 1655,652,65,1278候と云々、又六月三日、小倉を御讓被成候とも有、
  • 723,704,74,2108于今其地ゟ此方へ見廻こ不參者共有之事こ候、惣庄や共へも如此之類御入候、其方
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