Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
をたまふ、又御本一部の誤字を改、朱點・句讀を初てかんかへたゝして、是を献す、中院通村, へ被下、公方樣へも一部被遣候、金地院を被召寄、於御前ニ所所讀候て講尺仕候、其中二三, 卿・阿野實顯卿これを奏す、, 一日〓賜宋朝類苑新刻一本、且以京尹板倉重宗傳詔旨、故謹加朱墨於〓本、附重宗、就廷臣以, 達上之、, 于民間、或充發買、七條殿亦在賜中、先人借覽有年、甲寅之歳燬于火、亦可惜也、聞中國此書已, 〔〓簪録, 〔參考〕, 〔寛永諸家系圖傳〕百林信勝道春、同七年、道春在京の時、勅して、新刊皇朝類苑一部, 河守大江定基出家いたし、爲求法入唐仕候得者、唐之天子殊外崇敬仕候て、圓通大師と申, 〔羅山林先生集附録〕, 亡、亦無刊本、, 號を授候由、此書之中ニ有之、寔二日本之名譽なるへき由、御感被成候、, 後水尾帝時、勅以活字刊皇朝類苑、分賜諸臣、摺紳之家今尚有藏者、亦散, 〔元和年録〕坤一禁中ニ而、皇朝類苑と申御書物郷木ニ被仰付、何も公家衆・學文仕候衆, 七年辛酉、, 元和七年八月二十三日, ○寛政重修諸家譜林信勝譜ニ、このとき、重宗, 紀實篇, と共に内裏にめされて、宴をたまふトアリ, 著ハスコト等ニカヽル、四月十七日ノ條ニ收ム、, 行状, ○中略、林道春、攝津有馬温泉ニ浴スルコト・野槌ヲ, 二, 三, ○, 秀忠崇傳ヲ, シテ之ヲ講, 部ヲ秀忠, ニ賜フ, 刊ス, 活字ヲ以テ, ゼシム, 元和七年八月二十三日, 二六三
割注
- ○寛政重修諸家譜林信勝譜ニ、このとき、重宗
- 紀實篇
- と共に内裏にめされて、宴をたまふトアリ
- 著ハスコト等ニカヽル、四月十七日ノ條ニ收ム、
- 行状
- ○中略、林道春、攝津有馬温泉ニ浴スルコト・野槌ヲ
- 二
- 三
- ○
頭注
- 秀忠崇傳ヲ
- シテ之ヲ講
- 部ヲ秀忠
- ニ賜フ
- 刊ス
- 活字ヲ以テ
- ゼシム
柱
- 元和七年八月二十三日
ノンブル
- 二六三
注記 (35)
- 1383,585,64,2223をたまふ、又御本一部の誤字を改、朱點・句讀を初てかんかへたゝして、是を献す、中院通村
- 888,650,71,2155へ被下、公方樣へも一部被遣候、金地院を被召寄、於御前ニ所所讀候て講尺仕候、其中二三
- 1266,584,61,655卿・阿野實顯卿これを奏す、
- 1766,600,65,2204一日〓賜宋朝類苑新刻一本、且以京尹板倉重宗傳詔旨、故謹加朱墨於〓本、附重宗、就廷臣以
- 1645,582,55,181達上之、
- 400,578,68,2228于民間、或充發買、七條殿亦在賜中、先人借覽有年、甲寅之歳燬于火、亦可惜也、聞中國此書已
- 526,563,78,251〔〓簪録
- 1135,793,81,185〔參考〕
- 1504,561,80,2249〔寛永諸家系圖傳〕百林信勝道春、同七年、道春在京の時、勅して、新刊皇朝類苑一部
- 765,636,70,2172河守大江定基出家いたし、爲求法入唐仕候得者、唐之天子殊外崇敬仕候て、圓通大師と申
- 1893,563,78,617〔羅山林先生集附録〕
- 285,584,58,304亡、亦無刊本、
- 648,639,68,1710號を授候由、此書之中ニ有之、寔二日本之名譽なるへき由、御感被成候、
- 523,1092,63,1717後水尾帝時、勅以活字刊皇朝類苑、分賜諸臣、摺紳之家今尚有藏者、亦散
- 1012,557,83,2256〔元和年録〕坤一禁中ニ而、皇朝類苑と申御書物郷木ニ被仰付、何も公家衆・學文仕候衆
- 1898,1390,58,235七年辛酉、
- 186,642,45,425元和七年八月二十三日
- 1289,1256,47,1051○寛政重修諸家譜林信勝譜ニ、このとき、重宗
- 518,879,42,153紀實篇
- 1248,1261,44,998と共に内裏にめされて、宴をたまふトアリ
- 1879,1636,49,1131著ハスコト等ニカヽル、四月十七日ノ條ニ收ム、
- 1887,1240,41,94行状
- 1923,1634,49,1173○中略、林道春、攝津有馬温泉ニ浴スルコト・野槌ヲ
- 562,884,40,29二
- 1924,1241,45,33三
- 1293,1249,44,40○
- 947,209,42,206秀忠崇傳ヲ
- 896,216,44,209シテ之ヲ講
- 1055,233,42,191部ヲ秀忠
- 1005,225,41,101ニ賜フ
- 508,210,43,76刊ス
- 558,209,42,210活字ヲ以テ
- 852,215,34,113ゼシム
- 186,642,45,425元和七年八月二十三日
- 172,2344,45,120二六三







