『大日本史料』 12編 38 元和七年六月~同年十一月 p.414

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門所へ添状致候、, 子、半右衞門所へ申遣候、又御茶屋のかま壹ツ、あまりかち夫ス被遣候、十兵へス渡、半右衞, 孫兵へ、主税ス右之樣子内々にて物語致候由、主税も兩人ノ御鷹師罷下候間、せんさくも不, 罷成居候由、彼と云是と云、方々申廻候内下候、存たる者も多候て、ぬす人同類スて、訴人ス, 鷹師志賀舎人・輕米佐々右衞門と參候て、はやふさ三ツやすく買候て、金貳兩ツヽ二買申た, 彌五郎下正兵へ所へ書中遣、其身は見へ不申候、其状之樣子は、十月うなかみへ御鷹買フ御, へは、舍人渡候間、舍人返し候へと挨拶致、不請取由、其後佐々右衞門も秋田へ下候由、彼, 申候、舍人は秋田へ罷下候、以來孫兵へ運歩いたし替、此かね佐々右衞門方へ返し度由申候, 之趣御披見ユ入度由被申候間、右之樣子掛御目ユ申上候へは、被仰出分は、沙汰之限之仕合, 孫兵へ親・女房被押置候而、以來罷出、右之樣子申上候へは、我等失念ヱ可被思召候間、此状, 出候かと沙汰も下々御座候ヲ承、有かね、欠落致候と見へ申候、彌五郎被存分も、國本ヱ罷有, る由申上、はやふさ三ツの分小判六兩うけ取、あまりかねを三人してわけぬすみ候と見へ, 同八日、一御渡野にて欠落致候高根澤孫兵へ、去六日之晩表御門ノ出かうしゟ足輕を頼、, ス候、乍去孫兵へ此状を以、御鷹師之者共曲事しれたる事ス候間、御國ヱ被押置候孫兵へ親・, 一天氣よし、, 元和七年十一月六日, ○中, 略, 孫兵衞ノ訴, 鷹師等ノ不, 鷹師高根澤, 状, 正, 四一四

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  • ○中

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  • 孫兵衞ノ訴
  • 鷹師等ノ不
  • 鷹師高根澤

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  • 四一四

注記 (24)

  • 1672,584,59,409門所へ添状致候、
  • 1790,586,62,2222子、半右衞門所へ申遣候、又御茶屋のかま壹ツ、あまりかち夫ス被遣候、十兵へス渡、半右衞
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