『大日本史料』 12編 44 元和八年正月~同年六月 p.294

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〔參考〕, 樣子可申入候、板ひわれさるやう二能こ念を入、さし置候樣二、野代可申遣候、謹言、, 候、板壁之柱立候所へは、早こ板をつけさせへく候、又柱之本くつろき候へは、水入候而、, 門主傳〕, とも、廿九日二、江戸へ御著にて候、, 御名乘御居判, きぐぬけ候間、再こまはらせ候而見せ、さいくう可仕候、無油斷樣二普請之小奉行之者二, 可申付候、毛利殿へ進候舟板、野代まて出候者、急度以早飛脚を、可申越候、毛利殿へ其, 近大夫直勝、, 同廿八日、登城、四月一日、下向于日光、同三日、著山、宿所妙圓坊、馳走人永井右, 四月二日御名乘御居判, 三月晦日, 三月晦日御名乘御居判, 上門跡衆・傳奏衆・其外之公家衆、日光にての御用所にて、皆御下向ユ候、藤宰相殿な, 〔參向名簿〕, 四月二日, 御名乘御居判, ○華頂要略十四所收圓智院二品法親王諱尊純, 川家康七囘忌祭儀ノタメ、江戸出立ノ條ニ收ム, ○中略、全文ハ本月十三日、秀忠、日光山東照社ノ徳, 二十五, 略, ○華頂要略十四所收圓智院二品法親王諱尊純, ○華頂, ニ著ス, 公家衆江戸, 元和八年四月八日, 二九四

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  • 川家康七囘忌祭儀ノタメ、江戸出立ノ條ニ收ム
  • ○中略、全文ハ本月十三日、秀忠、日光山東照社ノ徳
  • 二十五
  • ○華頂要略十四所收圓智院二品法親王諱尊純
  • ○華頂

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  • ニ著ス
  • 公家衆江戸

  • 元和八年四月八日

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  • 二九四

注記 (28)

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