『大日本維新史料 編年之部』 1編 1 弘化3年2月~同年閏5月 p.85

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もとに高家武田左京大夫御使す、, 法會により、ともに京への御使、右大將殿御使を兼ね命ぜられ、目付石谷鐵之丞は、同じ, 後守可爲演説候、恐〻謹言、, 二月十一日、主上崩御ありしによて、群臣總出仕ありて、御けしきうかがふ、高家有馬, く御法會によて、京へ遣はさるべく命ぜられ、皆暇下さる、同じく崩御により、日光門主の, 〔愼徳院殿御實紀〕, 兵部大輔は、主上崩御東宮御所勞御けしきうかがひ、大友豐後守は、主上御, 〔弘化年録〕, 二月十四日連判, 主上御法會付〓、大友豐後守被差遣候、御法事中泉涌寺・般舟院に相詰候樣相達候、委細豐, 一筆令啓候、, 酒井若狹守殿, 二月十四日, 二月十四日, 連判, 主上御法事こ付, 高家, 京都御使, ○續徳川, 實紀所載, 課所藏本, ○内閣記録, 京都御使, 主上御法事こ付, 京都御使, 弘化三年二月十三日, 八五, 弘化三年二月十三日

割注

  • ○續徳川
  • 實紀所載
  • 課所藏本
  • ○内閣記録
  • 京都御使
  • 主上御法事こ付

頭注

  • 京都御使

  • 弘化三年二月十三日

ノンブル

  • 八五
  • 弘化三年二月十三日

注記 (28)

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