『大日本維新史料 編年之部』 1編 3 弘化3年10月~同4年1月 p.524

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其後御養女ニ被遊候事、又京地ゟ公邊御養女ニ被遊、此家へ御縁組有之義、又此方娘を, 序ニ精宮樣御縁組と相成候次第、委細御守殿樣こても御聞被遊度、姉小路も伺度よし申, 老女等も皆〻尤ニ申候よしこて、右書を其まゝ姉小路方へ被遣候へは、於公邊も、公邊, 聞有之候故、申聞候處、事長き故ざつとも覺こ認くれ候やう申聞候故、手扣ニ致置候内ゟ、, 不申、既ニ此方上藹年寄花の井, 最初水野越前守へ問合候節の義并公邊ゟ引取置、追て婚姻の外有之間敷との御指圖并, 事、御守殿樣ゟ中將へ縁組被遊度よし被仰上置候處、是は外〻へ御内約被遊候故、被進, 進候節、同姓よりは御もらひ不被遊との御義こて、御斷被遊候處、彌御斷被遊候か、尚又伺, 持參こてよみ申候處、御守殿こても是こては公邊が御六りのよし、御守殿樣并上〓, り候も夜中の事故、廿九日ニ駒込へ來り可申との事こて、廿八日、來り申聞候は、精宮樣御, 御養女ニ被遊、加州へ被遣候例迄も、花の井、目前こて認渡し申候へは、右書を御守殿へ, が御六りと存候事と相見え、十二月十日夕、俄こ姉小路、御守殿へ來り、此間の御書付の, も致候事故、御守殿へ召、一同咄合候處、兩人ともよく分り兼候故、只今ゟ一寸駒込へ參, 候やう被仰付候よし申聞候故、是は先達も申上候通り、同斷御斷申上候よし申候處、右, 兼候處、先達る安田の御姫樣を、公方樣こて御世話被遊被進度との義、御守殿迄被仰, 事、精宮を此方こて縁組致候節は、迎として支度迄, 姉小路の, 實姉之, 組ヲ斷ル, 田安トノ縁, 弘化三年十二月二十五日, 五二四

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注記 (22)

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