『大日本維新史料 編年之部』 1編 5 弘化4年4月~同年5月 p.443

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し進み出、當番より左し通り、, 右し通り申上候と、伊勢守殿御機嫌替たられぬと被仰聞候る、外老衆こは奧に被入、伊, 相越、當番上座、跡高順ニ例み通り斜二着坐、老衆中し間に御列坐候と、扇子取り一同少, 右取合被相仕〓、非番し上た披キ着座被致候、老衆御〓相濟被立候と、當番こは先え被, 參、帝鑑み間取合席え被相越候、非番は老衆み跡ニ付相越、帝鑑し間御縁〓鯉し御杉戸, 勢守殿ニは、御右筆部屋内通り、躑躅し間え御越候ニ付、當番ニは例し通り同所え被相, 際より横疊共三疊目し上に、當番座明ケ置、高順ニ着座、老衆帝鑑し間に御列座候と、當, 跡ニ付罷越、菊し間御〓中、當番始一同細廊下通り、急山吹み間・羽目し間より中し間た, 番前條同樣取合被致、非番し上え披き着座被致候、老衆御〓相濟被立候と、當番始一同, 老衆大廊下た御列座候と、當番左し通取合被致候、, 御機嫌相伺ます、, 障子ヲ後ロニ、當番座明ケ置、采女より近江迄九人高順ニ着座、, 老衆被立候と、當番ニは大廊下取合席に被相越候、非番は老衆し跡より相越、櫻み間御, 一無間も御同所方御逢相濟、鯉し御杉戸通り御退散、御會尺有之、御時宜以多し候、夫より, 何きも爲伺御機嫌罷出ました、, 高順ニ着座、, 餘は小溜御衝, 立ヲ後ロニ, 弘化四年五月七日, 四四三

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  • 餘は小溜御衝
  • 立ヲ後ロニ

  • 弘化四年五月七日

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  • 四四三

注記 (20)

  • 607,717,56,731し進み出、當番より左し通り、
  • 372,726,64,2164右し通り申上候と、伊勢守殿御機嫌替たられぬと被仰聞候る、外老衆こは奧に被入、伊
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  • 1185,713,63,2177參、帝鑑み間取合席え被相越候、非番は老衆み跡ニ付相越、帝鑑し間御縁〓鯉し御杉戸
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