『大日本維新史料 編年之部』 2編 1 安政1年1月~同年1月20日 p.368

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於公邊ハ誠ニ御穩便ニテ、寸分モ漏泄無之、實正更不相分、到泊ノ蠻船何國ト申事不相分、, 十三日、遠西二月十日、, 水戸前黄門公へ文通ノ折カラ、世上ノ巷説ニ〓ハ、, 〓ふ〓のとせるときゝて敷島の大和たましひツよゝいさめな, 家老召呼、法令之事後宮之事、其末トモ用事申付ル、, 後宮及定府家内共立退場所及墨田川舟ノ心配申付ル、, 六・辻淺之助差遣候ハゝ宜旨、家老ヨリ相伺、指圖イタス、, 〓あるか〓なきかはしらねとも〓國船のよせるとそきく, 夕方ノ風聞ニなハ、異舶七艘ノ内四艘ハ退帆シ、三艘三崎内迄乘入トモ、浦賀港外迄乘入ト, モ申、又一説ニハ、三艘ハ退帆シ、三艘到泊トモ、右等風聞如湧出、是非更不辨、, 風説ニテハ浦港外へ乘入シ儀ハ無之、遠洋ノ帆影見ルトモ申、浦賀邊形勢爲斥候、佐々木權, 米五千五百俵計リ有之、備金一萬五千兩計リ有之候由、奉行共申達、米ハ兼テ備置、備金ハ臨, 於殿中、御城使細川家頼へ逢承候處、浦賀御出入ノ役人ヨリ、内々細川之方へ申參候趣ハ、, 時心配ナリ、, 「アメリカ」トモ申、「ロシヤ」トモ申、「ヱンゲリヤ」トモ申、, カ不明, 米カ露力英, 佐々木辻浦, 風聞如湧出, 賀派遣ノ件, 退帆トモ云, 安政元年正月十一日, 三六八

頭注

  • カ不明
  • 米カ露力英
  • 佐々木辻浦
  • 風聞如湧出
  • 賀派遣ノ件
  • 退帆トモ云

  • 安政元年正月十一日

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  • 三六八

注記 (23)

  • 1498,605,65,2176於公邊ハ誠ニ御穩便ニテ、寸分モ漏泄無之、實正更不相分、到泊ノ蠻船何國ト申事不相分、
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