『大日本維新史料 編年之部』 2編 2 安政1年1月21日~同年1月晦日 p.492

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人共長崎表を去り候趣は、出帆後さし置候書面にて彼之意は被察候、遠からす當地又は蝦, こも扱方無御坐候、右ニ付、私共出立以前長崎表之儀、結末何樣相濟候哉承知仕候る、其節, 又々相伺置候樣仕度と奉存候へ共、發足之儀御急キニ付、當地へ罷越、追々彼地之模樣承, 奉存候、尤江戸表へ乘入候共、彼夷人共ゟ容易こ發〓は仕間敷候へ共、彼賊卒共此節金澤, 振舞相始メ、其樣の事ゟ爭端を開き候は必定ニ御坐候、乍去長崎表魯西亞人え達候儀相, え時々上陸致し、農家へ罷越酒食等仕候趣も承り及候間、江戸表へ罷越候はゝ、尚更甚敷, 夷地え可罷越之存寄故、長崎表を去り候迄こる彼地え罷越候、肥前守・左衞門尉兩人之者, 響キ不申樣こ可申達旨、可然と思召候はゝ、其段精々可申聞候へ共、萬一江戸表へ乘入候, 以て照合候へは、此度も其術を行ひ候に相違無之候、然處長崎表之取扱方宜敷趣被思召、, 此地之取扱も同樣と致し、亞墨利加人之願意少々も相立不申候るは、江戸表へ乘入、遂に, 節は、御見居急度御評決之趣相伺候上と無之るは、私共容易こ開口は難仕奉存候、魯西亞, は爭端を開き可申候、此處篤と御評儀被下置、尚又御見居之處御沙汰早々被成下候樣仕度, はゝ、直と江戸へ乘入可申、此儀を心配仕候義に付、長崎表之取扱方照合仕候るは、何樣, 諭し方行屆候儀と存候は、長崎地を追ひ拂候迄と奉存候、亞墨利加人は當地二る斷こ及候, 聞仕候へは、此地之取扱方別る六ケ敷相成候、扨又亞墨利加人申聞候は兼る願置候條件, 人ヲ律スル, 長崎露人ノ, 扱方ニテ米, 上更ニ沙汰, 篤ト評議ノ, セラレタシ, ハ難シ, 安政元年正月二十八日, 四九二

頭注

  • 人ヲ律スル
  • 長崎露人ノ
  • 扱方ニテ米
  • 上更ニ沙汰
  • 篤ト評議ノ
  • セラレタシ
  • ハ難シ

  • 安政元年正月二十八日

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  • 四九二

注記 (24)

  • 919,660,74,2220人共長崎表を去り候趣は、出帆後さし置候書面にて彼之意は被察候、遠からす當地又は蝦
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