『大日本維新史料 編年之部』 3編 1 安政5年1月 p.485

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不申ては不濟義ニ候はゝ、日本愚民とも之御取締方、不成一通御嚴法相立不申ては、行, 一直徑を以て論候義、彼地は都〓直徑之趣ニ候へ共、日本こては道程之定り、成程道程は, 候るは、已ニ天草之如く大事こ及候次第、況や此御時節柄と申、夷人與し居候〓老、一倍, キ邪術も不行趣、左候得は御指障りこも相成不申乎ニ候得共、追々邪法ニ引入候底意も, 之御大事と奉存候間、必御指留之方可然奉存候、夫レも無據開港ニ、寺院御取建ニ相成, 屆申間敷事と奉存候、且又自然後年こ至り、江戸地小賣場こも、寺院取建可申抔と申立, て密ニ殘り居候邪宗も、此虚ニ乘し一ツニ相成候て蜂起可致難計、下民とても多勢ニ成, 密々殘り有之趣ニ付、右御免ニ相成候はゝ、内々信心之愚民共〓と歸依可致、是より兼, 難計、邪宗之義は御開國以來之御嚴禁ニ有之、たとへ此度之宗法は、切支丹別法こもい, 一宗法之義も、段々應接御座候由之處、先は異端之説こも不相聞、日本ニ有之切支丹之如, は、何分こも不取締之次第ニ付、御制禁ニ相成候布可然存候、, たせ、容易ニ御許容ニ相成候義は、何分こも御法相立不申、其上日本邊鄙こは邪宗今以, 候義も難計、此義ハ決て御許容無之樣仕度、兼て應接掛りへも御達置御座候樣こと存候, は、先さしたる害も有間敷候得共、當地こては猶更之義、日本人・夷人打混シ參ル義, 事、, 外人ノ布教, ヲ禁ズベシ, 安政五年正月十九日, 四八五, 四八五

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  • 外人ノ布教
  • ヲ禁ズベシ

  • 安政五年正月十九日
  • 四八五

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  • 四八五

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