『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.668

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て候、閣中の樣子は、猶又玄蕃へ罷越、今一應事情相探り度積りにて候、, も御取舍之上、御達し可被下候、, 子にて、心配との事、乍併五日立飛脚着、是には同日夕、兩傳、備中殿旅亭へ行向ひ、談判有, 候ては、いらざる事、草を打て蛇を驚かす譬候へば、兩樣御斟酌にて、平穩激切いづれにて, 無之哉と承候處、此人は閣老同樣更に無策の樣子にて、されば備中殿初彼地にて引請取扱, へも諸家より夥敷探索方指立置、旅宿等も拂底の由、其者より虚實打交り、種々の雜説申, 論に付、聊辯説の積りにて返書認候、彼是激切之儀も相認候得共、此節錦地の支吾に相成, 候事にて、此表は唯沙汰を聞て受答する斗り、更に致方は無之、堂上も夷人の不得止事は, 之筈、左候はゞ大方勅許にも可相成哉の好音に付歡ひ居候處、其後は音信更に無之、さ, すれば又六ケ敷議論でも致蜂起候かと案しられ、此表より樣子問合の急便指出候由、京地, 越事故、此表も誠に紛々困入候との咄に付、如此荏苒兼旬、例の一件も愈遷延、何ぞ良策も, 一、此表にては如何にも別段致方も無之に付、先つ右等の所、御參考の一助にも相成候へ, 相分候へ共、下地の不平を持出御樣子にて、困つたもの位の咄しにて、致方も無之咄しに, 一、今朝、阿侯一件に付、鵜殿民部へ御使に罷越候次手に、京地の事承候處、兎角六ケ敷樣, ば重疊の事故、横山生は一兩日に出立可然と相決し候、十六日の事なり、, 難ヲ語ル, 鵜殿長鋭京, 都ノ事情困, 安政五年三月十八日, 六六八

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  • 難ヲ語ル
  • 鵜殿長鋭京
  • 都ノ事情困

  • 安政五年三月十八日

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  • 六六八

注記 (20)

  • 467,627,60,1760て候、閣中の樣子は、猶又玄蕃へ罷越、今一應事情相探り度積りにて候、
  • 1635,621,58,791も御取舍之上、御達し可被下候、
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