『大日本維新史料 編年之部』 3編 4 安政5年3月21日~同年4月9日 p.785

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抔は無用御座候へども、聊なりとも天下之御爲に相成度、且又今日幕府大困窮之時節に當, 私儀も出府いたし候樣、御地にて御取斗可被下奉希置候、實は先生出方に相成候ては、私, り、此方樣・越前樣・尾張樣、幕府に御助力に相成、事情に昧き妄なる正議家を説諭し、利害, 之御頼に依て福井へ被差遣候樣、先月廿九日熊本にて夫々被申付候との事に御座候、, 相成、兎ても日本一ケ國獨立は不相成事、墨夷之使者申通りに御座候、今日之世界之勢は, 急用にて參り候由申遣候間、急ぎ面會仕候、外之義に無之天下之大幸甚、沼山先生事、越前, 之陋見に流れ候幕府之役人どもを申示し、日本之治體相立、十年之内外には世界之強國と, 相成、西洋諸國へも如飛に往來も相成候はゞ、其時こそ日本魂とも可申候、今日之時勢に, は發足と被存候、何も先生出府之上にて萬事御咄合に相成、秋迄御滯府にも相成候はゞ、, 非江戸へ被出候て、見込之通天下之大經綸・大根本被相立、其後各國之治道も夫々論定に, 右沼山先生越前に被參候に付ては、彌以私出府いたし候樣、且又先生も越公御在府中に是, 八日願書差出し、同日願濟に相成、三月五日打立候手筈に仕置候、然處當月朔日肥後源助, 相成候心組に御座候、然處、私出府は爰許にては兎ても出來不申候、且又先生出府、越公・, 相成候勢に御座候間、一先私儀出府は見合、尚又弟儀、越前・尾張迄遣し候方に相決し、廿, 此方樣江戸御引拂後に相成候ては不相成、少時にても先生出立も急ぎに相成、今月十日頃, 安政五年四月七日, 七八五

  • 安政五年四月七日

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  • 七八五

注記 (17)

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