『大日本古文書』 浅野家文書 1 浅野家文書 p.603

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事、其罪かろからすとて、即日建顯か第にをいし死をたまふ、, 石をわかちあたふ、十四年三月十四日勅使〓應乃事をう〓しがはり, 國に赴き、松山城を守衞す、七年八月二十一日弟大學長廣に私墾田三千, 宿意ありとで、おりからをも辨へす、營中にして卒爾に刄傷にをよひし, 祿六年十二月二十二日水谷出羽守勝美か領地を除か多ゝのとき、備中, 央に傷けしにより、田村右京大夫建顯にめしあつ〓らる、時に長矩私の, 登營するのところ、遺恨ありとて、にはかに白刄をず〓ひ、吉良上野介義, 室は淺野因幡守長治か女、, 母は豐高か女、○事蹟下ニ載ス、, 淺野采女正長友か二男、母は内藤飛騨守忠政か女、○事蹟下ニ載ス、, 大學長兵衞, 政次郎齋宮, 致仕號凉山, 戌千代大學, 長純, 母は豐高か女、○事蹟下ニ載ス、, 淺野采女正長友か二男、母は内藤飛騨守忠政か女、○事蹟下ニ載ス、, 〓ひろ, 附録, 六〇四

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  • 大學長兵衞
  • 政次郎齋宮
  • 致仕號凉山
  • 戌千代大學
  • 長純
  • 母は豐高か女、○事蹟下ニ載ス、
  • 淺野采女正長友か二男、母は内藤飛騨守忠政か女、○事蹟下ニ載ス、
  • 〓ひろ

  • 附録

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  • 六〇四

注記 (20)

  • 1110,743,59,1794事、其罪かろからすとて、即日建顯か第にをいし死をたまふ、
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