『大日本古文書』 醍醐寺文書 7 醍醐寺文書之七 p.186

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竹子二三束見立候はん可給候、頼存計候也、恐こ謹言、, 卯月十日明應, 此方ニは竹子大なるはなき處ニ候間、申入候、今日も竹子の儀ニ付而、佐子度と越申事候、てり, 一四六一明應書状(折紙), ネう百丁あまり〓〓ゆみ五六十丁すくれ候間、をめ候由、人数そこね候はん程とせめ事は、, 候、一昨日虎目を送江州へ源を下候へは、此分申候て、虎親馬淵者御入候、, 書札返事上候、秋くるゐ申候はんよし」子細御座候由申候、永原ゆへニの, 然之由申候て、相城共し候而大將共先こ引申事候、何樣にも御調法候而、, 此間者不申通御床敷候、愚者事はとェつく行之儀らさ而討死可申迄, 申分有由申候、高野瀬城者普通ニは中こなり候はぬ城候、後藤・新藤不可, 中〻のよし申事候、, 高野瀬城, 鐵砲

頭注

  • 高野瀬城
  • 鐵砲

注記 (13)

  • 455,602,79,1718竹子二三束見立候はん可給候、頼存計候也、恐こ謹言、
  • 318,908,71,594卯月十日明應
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  • 594,607,79,2341然之由申候て、相城共し候而大將共先こ引申事候、何樣にも御調法候而、
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