『大日本古文書』 幕末外国関係文書 1 嘉永6年6月~同年7月 p.746

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給てより、皇統百二十四代連綿として御繁榮被爲在候は、誠に無類難有, 有之、いつれニも、奇兵御用之方可然哉ニ御座候、右ニ付、浦賀表其外近海之, 賊とも上陸いたし、備之不立所へ、吾兵雷之如く押懸り候は、必勝之利可, 又海岸御固メ之人數き、野陣同樣平場へ押出し、陣取居候處え、賊船ゟボン, 御事ニ御座候、若又賊船より銃炮繁く打懸候節は、海面之人數を引上ケ、夷, 御國ニ御座候、且神功皇后之新羅を打せ給ひ、弘安年間元之賊船九州へ, を爲打懸、却て吾兵は余所に埋伏致し、銃丸をさけ、夷賊之銃炮を空敷爲, 地理を御見立、奇正之兵卒懸引自由に相成候樣之御手配被爲在可然哉、尤, 候得共、其場にて釆を取候人之器量ニ御座候御事と奉存候、, ベンニても打懸候は、迷惑可仕、何れニも吾兵賊船之的に不相成樣仕度, 費、吾兵を不損樣致し度、または其模樣ニ寄、吾兵を物陰に埋伏爲致置、夷, 賊之目付候森林なとへ、籏印を押立、大勢之人數籠り候躰爲見、夷賊之銃炮, 一練兵は、人和第一之由に及承候、抑皇國之御事は、神武天皇御位に即き, 戰爭之儀は、變化無窮之御事ニ候得は、書面之上にて申上候筋ニは無御座, 押渡候節は、北條時宗征伐致し、文祿にき豐臣秀吉朝鮮を討候以來、皇國, 敵ノ砲撃, 練兵ハ人, ニ應ズル, 和ヲ要ス, 策, 嘉永六年七月, 七四六

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  • 敵ノ砲撃
  • 練兵ハ人
  • ニ應ズル
  • 和ヲ要ス

  • 嘉永六年七月

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  • 七四六

注記 (22)

  • 406,616,75,2149給てより、皇統百二十四代連綿として御繁榮被爲在候は、誠に無類難有
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