『大日本古文書』 幕末外国関係文書 11 安政2年4月中旬~同年5月下旬 p.296

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村々之儀は、前書之振合を以、夫々取締向相立可申〓奉存候、右ニ〓可然も思, 有之、山路切所こ〓、樵夫石切等之通ひ路之外脇道無之、樞要之塲所に付、別紙, 崎より天城山え之往還は大澤里村、いつれも下田より七里余或は八九里も, 島より四方え七里ツゝ〓相約し候迄こ〓、素より何方迄〓塲所取極候義は, し候へは、万一之節御要害可相成こ付、先右塲所ニ相定候積、右之内ニ孕り候, 召候はゝ、夫々御達方之義取調申上候之樣可仕奉存候、尤右は道程とおゐて, 繪圖面之通、往々を關門等取建、番人附置、且非常警衞向等之儀をも手當いた, 之趣可申上候、依之此段申上候、以上、, は、七里余ニ相成候塲所も有之候へとも、最前亞墨利加條約之砌、下田港犬走, 無之、右條約面不分明之廉有之、關門取立候塲所一決難仕候間、右は追〓存寄, 其節踏畫をも爲致候上、厚く教諭差加え、若法度之趣等閑こいたし候ものは、, 嚴重取計候之樣ニ仕候はゝ、先ツは其御取締も相立可申哉、下田より之道程, 卯五月, 爲取調候處、三島え之往還は天城山峠、東海岸は奈良本村、西海岸は大田村、松, 踏畫, 安政二年五月, 別紙, 二九六

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  • 踏畫

  • 安政二年五月
  • 別紙

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  • 二九六

注記 (18)

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