『大日本古文書』 幕末外国関係文書 15 安政3年9月~同4年4月 p.64

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程撥送、ホントウえ移、壹里余〓送、巾壹丈程之小川え七八町入、川留りチベ, シラリヲロ迄之海岸所々ニ澗懸り場、又は川湊も貳个所有之候間、得よ船, ニと申處ゟ林之内、谷地凡三拾町程夷船引越、チシアンケゟ小川貳拾町余, コ崎海岸廻、トンナイチヤ迄五拾貳里余之道筋、纔ニ拾里程ニ〓、不殘通船, 乘下り、トンナイチヤ沼之頭え出候儀ニ〓、是迄右陸地夷船引越候ニは、土, 先、ツチサンケ濱ゟ五町程之谷地、夷船爲引越、チヘシヤ、ニトウえ出貳拾町, ラヌシ、ノトロ同樣ニあ、四月中旬ゟ八月中旬迄は、通船も可相成、且同所ゟ, 懸り場、淺深碇泊等見極候はゝ、シレトコより先々廻船可相成見込ニ御座, 置候儀よ相聞候處、今般權之助實地見屆候趣ニふは、シレトコ崎之儀は、シ, 其上、シレトコ崎汐路強く、殊ニ東海岸通辯財船澗掛場見極無之、危踏打捨, 人共難澁之趣、不辨ニ相見候間、右陸地貳个所ニ〓、凡壹里之道筋、川巾五間, 深七尺ニ新川掘開、前後小川は同樣掘廣ケ候はゝ、チヘシヤニよりシレト, 相成、尤右川巾ニ堀割候得は、諸入用も多分相懸候得共、番船以下之船々通, 候、, 一チヘシヤニよりトンナイチヤえ沼越道筋見請候處、チヘシヤニゟ五町程, ろ間ノ航, 運河ヲ開, 顏セン, に、とん, ちへしや, 路, 間ノ通路, ないちや, 主らりを, しらぬし、, 安政三年九月, 六四

頭注

  • ろ間ノ航
  • 運河ヲ開
  • 顏セン
  • に、とん
  • ちへしや
  • 間ノ通路
  • ないちや
  • 主らりを
  • しらぬし、

  • 安政三年九月

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  • 六四

注記 (27)

  • 888,635,72,2213程撥送、ホントウえ移、壹里余〓送、巾壹丈程之小川え七八町入、川留りチベ
  • 1471,649,74,2214シラリヲロ迄之海岸所々ニ澗懸り場、又は川湊も貳个所有之候間、得よ船
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