『大日本古文書』 幕末外国関係文書 36 萬延元年2月 p.111

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間、以後外出之節は、附添之もの人數をも相増可申儀之處僅三四人之詰合と相成候ラは、, 歩之砌、護衞之儀ニ付ラは、彼本國より兵卒等呼寄可申之處、追こ御沙汰之次第も有之候, 見張番所取建、日夜勤番爲致候積之處、右え可爲詰人數も無之上は、其儀も取計兼候ニ〓, は、如何樣仕法相立テ候とも、事實出來かたき筋ニ有之、且宿寺内樞要之ケ所えは、夫こ, 外出之者え附添候節は、居殘候もの共之護衞方等差支候故、右附添方却ラ是迄より人數相, ヽ之積を以、増人被仰付、夜分計爲詰候儀ニラは、右支配向引〓し方無之、左候ラは、, り可申、左候ラは、萬一野心等差挾立入候者見留候とも、差押へ方も難相成、却ラ御不躰, 御返翰取調は勿論、惣あ之御用弁差支ニ相成、且六人之者も互夜代も無之、不寢爲致候儀, 裁之儀等可有之、殊ニ夜中而已ニラ、晝は爲引拂候あ、可然哉之御趣意ニ候得共、兼ラ遊, も難捨置、深心配仕候處、御役所御用弁は差支候とも、兩三日之中ニは、御差圖之旨も可, 有之趣ニ付、何れニも増詰爲致候樣、御沙汰之趣も有之候ニ付、尚又可成丈ケ操合、三宿, 寺え振分ケ差遣、前書中上候増人被仰付候迄、晝夜勤番爲致置候儀之處、一宿寺僅六人ツ, ニ付暫見合、途中取締方等之儀は、都の御任セ可申上旨等、ミニストル共申立候趣も有之候, ル共身分故障等之儀、出來いたし候ラは、不容易御不都合をも引起可申と、實に旦暮之稈, 員ニテハ警三, 宛ノ夜間増, 外國人外出, 宿寺六人, ノ際ノ附添, 衞ノ方法立, 人減少セン, チ難シ, 萬延元年二月(五〇)

頭注

  • 員ニテハ警三
  • 宛ノ夜間増
  • 外國人外出
  • 宿寺六人
  • ノ際ノ附添
  • 衞ノ方法立
  • 人減少セン
  • チ難シ

  • 萬延元年二月(五〇)

注記 (23)

  • 388,617,61,2279間、以後外出之節は、附添之もの人數をも相増可申儀之處僅三四人之詰合と相成候ラは、
  • 621,616,63,2314歩之砌、護衞之儀ニ付ラは、彼本國より兵卒等呼寄可申之處、追こ御沙汰之次第も有之候
  • 969,614,62,2310見張番所取建、日夜勤番爲致候積之處、右え可爲詰人數も無之上は、其儀も取計兼候ニ〓
  • 1086,617,61,2305は、如何樣仕法相立テ候とも、事實出來かたき筋ニ有之、且宿寺内樞要之ケ所えは、夫こ
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  • 1320,632,62,2259ヽ之積を以、増人被仰付、夜分計爲詰候儀ニラは、右支配向引〓し方無之、左候ラは、
  • 854,621,60,2308り可申、左候ラは、萬一野心等差挾立入候者見留候とも、差押へ方も難相成、却ラ御不躰
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