『大日本古文書』 幕末外国関係文書 37 萬延元年3月 p.129

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乙候へ共、政府之命無之内は、治定いたし兼候由申聞候へ共、多分間違無之樣子、コ千, ストル共抔も、都ラ例之人物樣之人は更ニ見受不申、未都府ニも至り不申候へとも、御, 子ニ付、當六月中こは歸國之積り、段々コモトールえ相咄能分り、歸路も此ホーハタン, 速こ新聞紙こ出し、昨日拙者共入港祝炮有之、港内數艘之舟こラ旭章を引揚、合炮ヤ, ニ世話いたし候ニは感伏、コモトール始何れも穩和之人物、更ニ隔意無之、所々之ミニ, 半時之間數聲、珍ら敷事ニ御座候、勝麟は出帆後間もなく、風邪強く引受、廿日程平臥, 分順風、至ラ平穩之樣子ニ付、最早是迄程之儀は有之間敷と樂しこ罷在候、亞人之懇信, トールは當所ゟ早蒸氣乙ラ先え相越し、巴納摩手配、且華盛頓之仕度等いたし候趣中聞, 絶食之由、其内も働居、格別之差はまり感伏致し候、, 一拙者共歸程之義、治定不仕、彼ノ方ニラは、華盛頓こ六ケ月も滯留いたし候哉と存候樣, 帆と見込、六月中歟、遲くも盆前迄こは、必歸府之見込ニ御座候、夏分大平海は風も多, 候、右ニ付來月中旬、華盛頓著、十日程乙ツ一同引拂之積、何れニも四月朔日を歸程出, 之積ニラ、巴納麻え止置、士官のく交代致し候方都合宜と存、コモトールは決心之樣子, 軍艦方取締等至極宜、安心仕候、當所乙ツも御軍艦御仕出しニ相成候は驚入候由之ラ、, 相, 〓太」〓〓是, 相」申法, ○如是, 米人何レモ, 歸國ノ豫定, 好人物, 入港ノ祝砲, 萬延元年三月(六四), 〓〓是「候間, 一二九

割注

  • ○如是

頭注

  • 米人何レモ
  • 歸國ノ豫定
  • 好人物
  • 入港ノ祝砲

  • 萬延元年三月(六四)
  • 〓〓是「候間

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  • 一二九

注記 (25)

  • 972,691,57,2227乙候へ共、政府之命無之内は、治定いたし兼候由申聞候へ共、多分間違無之樣子、コ千
  • 268,690,58,2238ストル共抔も、都ラ例之人物樣之人は更ニ見受不申、未都府ニも至り不申候へとも、御
  • 1212,675,57,2244子ニ付、當六月中こは歸國之積り、段々コモトールえ相咄能分り、歸路も此ホーハタン
  • 1687,681,59,2231速こ新聞紙こ出し、昨日拙者共入港祝炮有之、港内數艘之舟こラ旭章を引揚、合炮ヤ
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