『大日本近世史料』 細川家史料 2 細川忠興文書二 p.216

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廿五, 越中殿, 一、昨夕火ともし二ツ給候、一段てうほうにて候事, 臺所迄被見、これにても可成間、是非とも御成仕候へと被申候、いな事と存候、もし御内せ, 日中、明廿六朝からひるまて、又廿七日朝ノ間二御すき次第御出候へ、さ候はゝ、其方をも, うも御さ候や、あのやうnは被申ましき儀候、就其、大い殿へ談合申度儀在之間、かゝ民二今, 覺, めしよせ可申由、只今申遣候、其返事nより人を可進間、可被得其意候事、, 一、一昨日大い殿にて、伊播州我等二すきノ御成仕候へと被申候間、さやうの儀ハ誠忝儀たるへ, く候。、我等家にては一切成申ましく候、中々念もなき事と申候へは、昨晩我等所へ被參、, 五五八(七月)廿五日書状(自筆、切紙)七印百卅八番, かゝ民より只今返事之候、明後廿七日之朝板倉周防殿・久貝因播殿・かゝ民殿へ我々茶を申, 廿五三, 三, (伊丹康勝), (加々爪忠澄), 「寛永四江戸にて」, (端裏貼紙、異筆), ラスベシト勸, ニ數寄ノ御成, 内密ノ事情ノ, 井利勝ニ談合, 伊丹康勝三齋, 有無ニツキ十, シタシ, 廿七日板倉重, 宗久貝正勝加, ム, 寛永四年七月(五五八), 二一六

割注

  • 「寛永四江戸にて」
  • (端裏貼紙、異筆)

頭注

  • ラスベシト勸
  • ニ數寄ノ御成
  • 内密ノ事情ノ
  • 井利勝ニ談合
  • 伊丹康勝三齋
  • 有無ニツキ十
  • シタシ
  • 廿七日板倉重
  • 宗久貝正勝加

  • 寛永四年七月(五五八)

ノンブル

  • 二一六

注記 (30)

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