『大日本近世史料』 細川家史料 3 細川忠興文書三 p.262

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已上, 一、下屋敷之舞臺も出來候へ共、若狹之儀にて亂舞なと一切不成候、何方二そ口明候へかしと, され候、され共、もはや御膳なともいつものことく二上候、可心安候、御姫樣御遠行, 之儀よ、先度其方屋敷ゟ申遣由候事、, 不被申上躰之候、にか〳〵敷儀と存候、免角太平記之時村雲僧二樣二存候事、, 越中殿三齋」, 二月十八日之書状、其方上屋敷ゟ相屆、披見候、, 待申迄二候、もはや爰元あつく候間、能も一度ならては成間敷と存候、八九月之節を待申, 一、此外珍儀敷も無之候事、, 一、禁中向之儀、其後何共無御沙汰候、國師へ時々禁中之樣子御談合と聞之申候、能樣二, 一、兩御所樣御機嫌能候、乍去、去四日若狹之御姫様御遠行ニ付、大御所樣事之外御歎な, 寛永七年三月(七九セ), 一、若狹御姫樣之御吊、小石川之傳通院と申寺にて、從上樣被仰付候、若狹守さ御吊二か, 迄候事、, (端裏ウハ書), 化ナシ, 平記ノ村雲僧, 京極忠高室ノ, 崇傳ノ態度太, 禁中ノコト變, 京極忠高室歿, 秀忠ノ哀歎甚, ノ如シ, 葬儀ハ傳通院, ン, ス, 二四、八, ゟ

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  • (端裏ウハ書)

頭注

  • 化ナシ
  • 平記ノ村雲僧
  • 京極忠高室ノ
  • 崇傳ノ態度太
  • 禁中ノコト變
  • 京極忠高室歿
  • 秀忠ノ哀歎甚
  • ノ如シ
  • 葬儀ハ傳通院

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  • 二四、八

注記 (28)

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