『大日本近世史料』 細川家史料 6 細川忠興文書六 p.233

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已上, ゟも何共不申來候、右之分ニ候へし、はやおいちらかさるゝnは究候と聞へ候て、苦々敷存, へきかと存候、先日は一夜n三千程具足をきせ番を被置之由被申越候、其後此番之事何方, 申、其分ニ成申之由、それは何方ゟ出可申と被存候や、八代之者番二被置候海手之方たる, 候、城中ゟ味方之陣所やふりコ出候者、又其まゝ城へ歸候事成可申候哉、此所も此方にて, 一、城中兵粮nつき候はゝ必出可申と被存、惣樣味方之兵粮・玉藥を舟へのせられ候樣二と被, づさるへき由、此所彌能々相談尤二候事、, 候事、, nも何かと申之由候、され共はや御よひ寄候事之候間、今は歸候ても不歸候ても同事と存, 及推量フ不申候事、, 一、おらんた舟之石火矢うち申者、其方己大見にて被歸候由、是は始ゟ城中ゟも嘲嘩仕候、京中, 一、三ノ丸はとかく御とり有度と上使衆内存候や、然は色々道具をこしらへ、へいをきりく, 寛永十五年二月(一五一二), 一月十一日宗立○g, 二月十一日, 寛永十五年二月(一五一二)二三一, 味方ノ兵粮玉, 城中ノ者ヲ誘, 藥ヲ船ニ積ミ, 一揆勢モ嘲嘩, ヒ出サントス, ハ三千人, ヨリ蘭船ノ石, ニ在陣シ夜番, 八代勢ハ海手, ハ上使衆ノ内, 存ナル哉, 三ノ丸ノ攻撃, 火矢打ヲ歸ス, 忠利ノ意見ニ, ス, 二三三

頭注

  • 味方ノ兵粮玉
  • 城中ノ者ヲ誘
  • 藥ヲ船ニ積ミ
  • 一揆勢モ嘲嘩
  • ヒ出サントス
  • ハ三千人
  • ヨリ蘭船ノ石
  • ニ在陣シ夜番
  • 八代勢ハ海手
  • ハ上使衆ノ内
  • 存ナル哉
  • 三ノ丸ノ攻撃
  • 火矢打ヲ歸ス
  • 忠利ノ意見ニ

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  • 二三三

注記 (32)

  • 555,1039,52,158已上
  • 1095,776,64,2175ゟも何共不申來候、右之分ニ候へし、はやおいちらかさるゝnは究候と聞へ候て、苦々敷存
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