『大日本近世史料』 細川家史料 7 細川忠興文書七 p.266

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宿へ歸、又夜二入參候へよ、御城ゟ直二我々所へ御出之由申候付、さらは追付候はんと, 一、有吉頼母所ゟ、我々手前へ、請取候ものはやとく遣候事、, へ御歸著候はんかの由、左候よ、其方五日ニ小倉を被立、九日二熊本へ可有入城由、目出, へ候、扨も〳〵あらき引のき樣かなと、御笑之由候、他所へは申されぬ事二候、其方迄申, こしをとはせ參候へは、一圓無其儀候つる、申度事共御入候二付、右之分二兩度迄參候へ, 一、八代・熊本、同日こ請取申候樣フと、内膳殿・大和殿御申候、御兩人大方來月四日二小倉, 候、我々暇乞乙丹後殿屋敷迄參候へし、七郎兵衞請取にて未御城二御入候由申候こより、, 一、八日二は八代請取候もの遣シ、九日二請取候樣二被申付之由、得其意候事、, 一、〓丹後殿ゟ之状二、我々への言傳之所書ぬき候〓給候、我々江戸を立候事無御存由、相見, 共、相申事成不申、無是非歸申候所へ大炊殿暇乞之御出、亭主ふりを仕、何角仕内二、乘, 今朝之書状、同午之上刻到來、令披見候、, 度候事、, 已上, 寛永九年十一月(一七八一), 御返事」, 越中殿, 越中殿, 九日二八代請, 取ノ事承知ス, ノ手筈, ノ傳言ヲ請取, 正勝ニ暇乞出, 江戸出立ノ際, 來ズ, 熊本八代請取, 稻葉正勝ヨリ, ニ來ル, 土井利勝暇乞, ル, 寛永九年十一月(一七八一), 二六六

割注

  • 越中殿

頭注

  • 九日二八代請
  • 取ノ事承知ス
  • ノ手筈
  • ノ傳言ヲ請取
  • 正勝ニ暇乞出
  • 江戸出立ノ際
  • 來ズ
  • 熊本八代請取
  • 稻葉正勝ヨリ
  • ニ來ル
  • 土井利勝暇乞

  • 寛永九年十一月(一七八一)

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  • 二六六

注記 (31)

  • 541,739,71,2170宿へ歸、又夜二入參候へよ、御城ゟ直二我々所へ御出之由申候付、さらは追付候はんと
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