『大日本近世史料』 細川家史料 10 細川忠利文書三 p.29

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

四二〇三月廿一日書状案, 態以飛脚申上候、, 一、年明候〓御積出候へ共、少峯藥致相當候由、目出度奉存候事、, 何共にか〳〵敷御座候處、灸も藥もきゝ不申候間、萬病圓參可申とて御用候處、御むねの, 一、駿河大納言殿も彌御心そろはす候故、近々いつかたへそ御預ケ可被成二、相國樣御前相, へまはり申候、又三ノ食二灸をなされ候へは、其灸事之外あたり、御膳少もあかり不申、, 痛もなにもすきと直り、此比へつゝき御膳も上り申候、御心安可被思召候事、, 候、延壽院藥御用候へは、結句御痛まし申候故、御むね二灸被遊候へは、はれ物御うしろ, 一、二月廿九日之御書兩通、三月朔日之御書頂戴仕候事、, 納言殿之儀聞召、御むねのかたまり物差出、御痛不大形、かわきりの灸なとほと之思召, 極申候、然處將軍樣、被遣所を色〳〵御思案と申沙汰にて御座候、とかく其儘御置候る, こ、かたまり物出來申候、御痛もなく、其後方々へくゝり申、然處二月十二日こ、駿河., 一、相國樣、此比一段御食事能御座候、此前將軍樣御疱瘡之時か、左之御乳之下皮肉之間, 復ス, 三齋ノ癪少峯, 秀忠忠長ヲ身, 藥ニテ治マル, 柄預ケトス, 萬病圓ニテ本, カタマリ出來, 徳川忠長ノ事, ニヨリ惡化ス, 秀忠乳ノ下ニ, 家光預先ヲ思, 腫物後ニ廻ル, 胸ニ灸スレバ, 案中トノ噂, ス, 寛永八年三月(四二〇), 二九

頭注

  • 復ス
  • 三齋ノ癪少峯
  • 秀忠忠長ヲ身
  • 藥ニテ治マル
  • 柄預ケトス
  • 萬病圓ニテ本
  • カタマリ出來
  • 徳川忠長ノ事
  • ニヨリ惡化ス
  • 秀忠乳ノ下ニ
  • 家光預先ヲ思
  • 腫物後ニ廻ル
  • 胸ニ灸スレバ
  • 案中トノ噂

  • 寛永八年三月(四二〇)

ノンブル

  • 二九

注記 (30)

  • 1698,820,73,978四二〇三月廿一日書状案
  • 1545,708,55,397態以飛脚申上候、
  • 664,660,58,1531一、年明候〓御積出候へ共、少峯藥致相當候由、目出度奉存候事、
  • 878,709,63,2166何共にか〳〵敷御座候處、灸も藥もきゝ不申候間、萬病圓參可申とて御用候處、御むねの
  • 445,660,61,2215一、駿河大納言殿も彌御心そろはす候故、近々いつかたへそ御預ケ可被成二、相國樣御前相
  • 988,724,63,2126へまはり申候、又三ノ食二灸をなされ候へは、其灸事之外あたり、御膳少もあかり不申、
  • 771,711,60,1859痛もなにもすきと直り、此比へつゝき御膳も上り申候、御心安可被思召候事、
  • 1098,712,64,2171候、延壽院藥御用候へは、結句御痛まし申候故、御むね二灸被遊候へは、はれ物御うしろ
  • 554,661,58,1310一、二月廿九日之御書兩通、三月朔日之御書頂戴仕候事、
  • 1208,704,64,2181納言殿之儀聞召、御むねのかたまり物差出、御痛不大形、かわきりの灸なとほと之思召
  • 335,708,60,2160極申候、然處將軍樣、被遣所を色〳〵御思案と申沙汰にて御座候、とかく其儘御置候る
  • 1318,718,65,2131こ、かたまり物出來申候、御痛もなく、其後方々へくゝり申、然處二月十二日こ、駿河.
  • 1427,651,67,2246一、相國樣、此比一段御食事能御座候、此前將軍樣御疱瘡之時か、左之御乳之下皮肉之間
  • 860,311,40,78復ス
  • 682,313,44,261三齋ノ癪少峯
  • 475,311,40,260秀忠忠長ヲ身
  • 639,311,41,256藥ニテ治マル
  • 432,315,40,207柄預ケトス
  • 904,311,42,262萬病圓ニテ本
  • 1408,318,41,257カタマリ出來
  • 1322,310,41,261徳川忠長ノ事
  • 1275,320,41,249ニヨリ惡化ス
  • 1452,312,41,254秀忠乳ノ下ニ
  • 386,318,42,255家光預先ヲ思
  • 1079,312,41,256腫物後ニ廻ル
  • 1123,312,42,248胸ニ灸スレバ
  • 342,314,42,212案中トノ噂
  • 1366,316,37,32
  • 241,794,43,556寛永八年三月(四二〇)
  • 236,2541,43,81二九

類似アイテム